『1980 僕たちの光州事件』幸せな家族の視点から非常戒厳の残虐性を追求。軍隊はなぜ市民を殺したのか?
2つの「対立」を改めて感じた
映画は朴正煕暗殺から全斗煥のクーデター、金大中逮捕の白黒ニュース映像で始まる。見ているこちらは否が応でもあの時代に引き戻され、緊張感が高まる演出だ。
最初はチョルスの若い叔母ジョンエ(キム・ミンソ)がデモ隊と戒厳軍の小競り合いに遭遇し、「催涙弾が目にしみる」と笑って不満を漏らす程度だったが、状況が一気に深刻化。一家の平穏が軍の暴虐に翻弄されることになる。軍人の暴力に怒った一般市民も立ち上がるというのが本作の見どころだ。
この映画を見ながら2つの「対立」を改めて感じた。ひとつは同世代の若者の憎み合いだ。民主化運動に身を投じ市民に連帯を呼びかけるのは若い学生たち。一方、その学生たちにアサルトライフルを向け、警棒で殴りつけるのは若い軍人だ。若者と若者が対立し、武装した者が弱い者を容赦なく痛めつけるという構図。これは日本の70年安保闘争の際にも起きたことで、当時はこんな見方もされた。
「同じ世代の者たちが2つの陣営に分かれて衝突をしている。若き機動隊の中には進学できなかった自分の境遇から大学生への嫉妬を憎悪に高めた者もいて、その感情が敵意となった」
この分析に従うなら、機動隊員の卑屈な心理が暴力性をエスカレートさせたと言えるかもしれない。本作には平和飯店で食事する若い軍人が「青臭いガキどもめ。大学に入ったからと偉そうに」「いずれ痛い目にあわせてやる」と学生を恫喝する場面がある。彼らが学生に言いがかりをつけ、警棒を振り下ろす姿を見ると、70年安保と同じメンタリティーが10年後の光州を支配していたと感じてしまうのだ。
もうひとつの対立は国民の分断だ。ジェファンは家庭ではヨンヒの優しい父親で、娘に「軍人は皆良い人だ。悪い軍人は一人もいないよ」と説明するが、民主化運動の闘士の前では冷酷になる。隣人のサンドゥを平然と責めさいなみ、銃口を突きつける姿はまるでジキルとハイドだ。
こうした対立から、軍の武力鎮圧に怒った市民はジェファンの妻の美容院に詰めかけ、窓ガラスを割って店を破壊。身の危険を感じた妻は光州を引き払ってソウルに逃げる方法を模索する。悪政の本質から目をそむけ飼い犬のように権力者に従う者と、真の民主化を求める者。分かりやすく言えば弾圧する側と弾圧される側に国民が分断されているわけだ。