「憲法違背である」と東條内閣に立ち向かった尾崎行雄の異議申し立て
東條内閣をはじめ戦争政策を遂行する軍事指導部が、翼賛選挙を軍事の補完機関に仕立てようとしたのにはいくつかの理由があった。国民は無知で愚昧な存在というのが、軍事政策の担い手の考えであった。
この選挙は4月30日に行われたのだが、その2週間ほど前の4月18日に、アメリカのド…
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