「小山ちれ事件」と「智和」の名前に込められた親心
近代中国の父とも呼ばれる魯迅は戦前に東北大学に国費留学している。江沢民が中国の国家元首として初来日した際も仙台まで足を延ばし、魯迅の座った席で記念写真を撮っている。母親は願いを込めて、3歳から卓球センター近くの「学研教室」に週2回、英語塾にも通わせた。学研のCMに張本が起用されたのはこの縁からである。
「一に健康、二に勉強、もし好きなら、卓球もすればいいと言って聞かせました。私たちは言葉に苦労しましたから、英語は習わせたかった。でも、智和は全然しゃべれない(笑い)」
それでも、卒業した東宮城野小学校の中林和雄校長(59)によれば、成績は常にトップクラスを維持し、読書の習慣も身についていて、図書室から本を借りる数も全校で1、2位だったという。
=つづく
(仙台在住フリーライター・武田泉)