柔道・野瀬清喜氏は平凡な国立大学を一人で超強豪校に導く
自由の身は暇すぎた
埼玉大での指導に加え、引退後は全日本男子、女子コーチを兼ねていたため、“野瀬氏がいる埼玉大”は柔道界で注目を浴びていた。多くの者へ門戸を開いたことで、後に93年世界選手権で銅メダルを獲得する鈴木若葉は中学生の頃から、女子柔道が正式種目入りした92年バルセロナ五輪で銀メダルに輝いた溝口紀子は高校生の頃から野瀬氏の教えを受けている。
鈴木と溝口が入学後に華々しい成績を収めたため、埼玉大の評判はますます高まり、私大からの好待遇のスカウトを蹴ってまで、難関国立大である同大を一般入試で受験する生徒が後を絶たなかった。
「それでも私大に比べると選手層が薄いんです。そんな中、女子の部では、93年の全日本学生選手権で全6階級のうち3階級の優勝を占めたり、決勝が埼玉大同士だったことも何度かあります。『女子部員は10人程度、推薦入学の選手もほとんどいない』と他大の先生に言うと心底驚かれました」
90年代の学生選手権(女子)のメダル獲得数は全大学のトップ、合計34個を獲得している(2位は国際武道大学の29個)。現役時代含め、35年の指導生活で25年間はたった一人で指導を続けたというのだからすごい。
65歳となった一昨年、野瀬氏は埼玉大を定年退職した。そして、もう二度と教壇にも立たない覚悟で教材や資料を真っ先に処分した。同大を超強豪校にまで押し上げたが、同じことを別の大学で再現することはできないと考えたという。
「いざ自由の身になったものの、これが暇で。散歩してもそれほど楽しくないし、何もすることがなく物足りない日々が続きました。そんな時に埼玉学園大学からオファーを頂き、まだまだ働けるし、若い人たちのためにも労働しなくてはという気持ちで引き受けた。妻は喜んでいましたよ。私が新しい目標を見つけたということと、やっぱり旦那がずっと家に居るのは邪魔だったみたい(笑い)。新しいことをするのは充実感や達成感、やりがいを感じています。私は以前、埼玉大の教育学部にいました。今勤めている埼玉学園大も小学校教諭になる学生も多いので、両大の卒業生が一緒の職場で働くことになるかもしれない。いつの日か、両大の教え子が私の話題でつながってくれたらいいな、と夢見ています」
■東京五輪は埼玉県民必見
また、昨年から全柔連の副会長となった野瀬氏は来年開催予定の東京五輪の柔道の見どころについてこう語る。
「女子70キロ級は埼玉県民には必見ですよ。埼玉県出身の早川憲幸(39)が地球の反対側の地、コロンビアのナショナルチームの監督をしている。彼の教え子、ジュリ・アルベアル(34)は16年リオ五輪で銀。一方、五輪初出場で臨む同県出身の新井千鶴(26)は18年の世界選手権で優勝。この2人が勝ち進んで対決することになれば見応えがあるはずです!」
▼のせ・せいき 1952年8月10日生まれ、現在の新潟県阿賀野市出身。29歳から埼玉大学の教育学部で教員を務めつつ、84年ロサンゼルス五輪銅メダル。全日本の男女コーチを兼ね、ヘッドコーチ、そして強化部長としてメダル量産に貢献。19年から全柔連の副会長。現在は埼玉学園大学こども発達学科で教壇に立つ。