就職を考えていた小川一平に大学進学を決断させた恩師の“寝技”
三木監督がそこまでしたのは理由があった。小川は入学時に170センチほどだった身長が、1年間で約10センチ伸びた。
2年生になる頃に投手になり、メキメキと力をつけたが、体が追いつかなかった。エースになった2年生秋から翌年の春にかけて、足や腰の故障に苦しんだ。前出の三木監督が言う。
「思うように野球をできない中で、このまま終わってしまうのは……と。おせっかいだったかもしれませんけど、ちゃんと野球をやり切ってほしかったんです。小川はいつもニコニコして愛想が良く、なんだか力になりたいと思わせる子なんですよ。2年生の夏、先輩の最後の大会に先発して3回7失点。降板して大泣きする小川に、3年生は『逆転してやるから、泣くな』と声を掛けたほど上から可愛がられていた」
東海大九州入学直後の2016年4月、熊本地震に被災し、一時的に実家へ帰省したこともあったが、2年生春のリーグ戦から出場し、先発、抑えとして3勝をマーク。チームを11年ぶりの全日本大学野球選手権出場に導いた。経済的事情で就職も考えたそうだが、家族や恩師の支えもあり、プロ入りを決断した。