「日本百名山 山の名はこうしてついた」楠原佑介氏

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「江戸・東京 間違いだらけの地名の由来」「地名でわかる水害大国・日本」に続き、著者が挑んだのは、日本百名山だ。

 その山には、なぜその名前がついたのか? 登山家の古典的名著・深田久弥著「日本百名山」を検証しながら、100の山についてコンパクトにまとめた。

「地名には『人の体の部分名詞と共通する』という大原則があると私は考えています。たとえば富士山は、“節”と同義なんです。握りこぶしをつくって目の前に差し出して見てみると、関節が三角形に盛り上がって見えるでしょう。その形は富士山にそっくりです。『ふし↓ふじ』となり、富士山という漢字が当てられたのでしょう」

 甲武信ケ岳の由来として、昔の三国名=甲州、武州、信州からきているという説は、「怪しい」と楠原さんは言う。

「国の頭字をつける発想は、所有関係や利用権をめぐる紛争のもとになるので、あり得ない話ですよ。むしろ、山の姿が“拳”に似ていたから地元の人たちが『こぶし岳』と呼んでいたのを、明治期に陸軍測量部の測量隊が『甲武信』と表記を変えたんじゃないかと思います」

 標高1977メートルで遭難事故でも有名な谷川岳には、驚くようなミスもあるそうだ。

「谷川岳は本来、利根川支流の谷川源流域に臨む俎ガン一帯のことだったんです。ところが、これも明治後期に測量をするとき、現地の案内人に『あの山はなんという名前か』と聞いたところ、そのガイドが勘違いして教えてしまった。その結果、東側のトマノ耳、オキノ耳の双耳峰のほうを谷川岳と記録するミスが起きたのです。役人の世界では、自分たちの先輩の間違いを認めたくないんでしょうね」

 著者が地名の由来にこだわるには、ワケがある。2014年、広島市の阿武山一帯に降った集中豪雨による土石流は記憶に新しい。阿武山という地名は、古来「アブない山」と人々に記憶されてきた。

「昔から地元の人々が使ってきた名称から危険が察知できます。それなのにその名称と地図の名前がズレていると困るんです。遭難事故が起きたときなど、どの山かということは命に関わります。14年9月、死者行方不明者63人を出した御嶽の噴火でも、『御嶽』『御岳』『御嶽山』『御岳山』と、官庁ごとに山の表記に齟齬がありました」

 北海道の後方羊蹄山の間違いは複雑だ。江戸後期、地誌編集もした国学者・菅江真澄によると、アイヌの人たちがマルカベツノ・ノボリ(標高1898メートル)と呼んでいた山を、和人がシリベツ=尻別岳(同1107メートル)と混同し、より立派なマルカベツノ・ノボリを「後方羊蹄山=しりべしやま」と命名してしまった。しかも「後方」をカットして「羊蹄山=ようていざん」と違う読み方をするようになった。どの山かの間違いに加え、読み方すら変わってしまったのだ。

「これはもう、後方羊蹄山も羊蹄山もやめて、もともとのマルカベツノ・ノボリにするしかないと思います」

 役人の間違いだけではない。地名では、民俗学者・柳田国男の影響が大きいという。アイヌ語の解釈を大事にしたのが柳田だが、全てに当てはまるわけではない。

「ところが、柳田が権威者になってしまったことで、間違いがまかり通ってしまいました」

 権威におもねるのではなく、違う意見を出し合い、堂々と議論すればいい、それが著者の持論だ。

(祥伝社 800円+税)

▽くすはら・ゆうすけ 1941年、岡山県生まれ。京都大学文学部史学科(地理学)卒業。出版社勤務を経て、地名についての著述活動に入る。「地名情報資料室・地名110番」主宰。著書に「こんな市名はもういらない!」「この駅名に問題あり」「この地名があぶない」他、共編著「地名用語語源辞典」「消えた市町村名辞典」。

【連載】著者インタビュー

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