「日本の『中国人』社会」中島恵
日本で暮らす中国人は、2017年末時点でおよそ73万人。在日外国人全体の3分の1を占め、鳥取県や島根県の人口を大きく上回っている。
「驚くのは人口の多さだけではありません。在日中国人の実像は、日本人が抱くステレオタイプなものから大きく変貌を遂げています。苦学生や不法滞在者、中華料理店の店員やマッサージ師ばかり、というのは昔の話。富裕層の留学生や、銀行や商社で働くホワイトカラー、大学教授やシンクタンクの研究員など、“高度外国人材”とされる中国人が急増しているのです」
長年にわたり中国の取材を続け、中国経済や中国人に関する著書を多数執筆してきた著者だが、本書では初めて「日本で暮らす中国人」にフォーカス。在日中国人の暮らしや教育事情を紹介しながら、彼らの生き方や本音に迫っている。
日本人がそうであるように、中国人の価値観も多様だ。川口市の芝園団地は、“中国人がもっとも多い団地”として有名だ。約4500人の住民のうち、何と2300人が中国人で、敷地内にはゴミ出しや騒音に関する注意事項の紙が所狭しと張られている。日本語が話せなくても暮らせるコミュニティーとしても人気だ。
「集まって暮らす中国人がいる一方で、自由が丘や広尾など、中国人の少ない高級住宅地を好む富裕層の中国人も増えています。
いい食材がそろい教育環境も整っている地域に魅力を感じる彼らは、“中国人が多いところには住みたくない”とも言います。訪日観光客の中国人からも、中国人の団体客がいる場所は騒がしくてマナーが悪いから行きたくないという意見もあるのです」
春節の時期になると、日本のメディアは爆買いとマナーの悪さばかりを報道する。しかし広大な中国では、同じ中国人でも考え方に雲泥の差があるという当たり前のことに、日本人は気づくべきだと著者。
さらに本書を読んで驚かされるのが、在日中国人の教育への情熱だ。
「多様な生き方が認められていて、そこそこ頑張ればそこそこの生活ができる日本とは異なり、中国では学歴が人生を大きく左右します。進学を目指す子供は1日10時間以上勉強するのも珍しくないこと。だから、宿題も少なく部活動が盛んな日本の小中学校教育に対し、緩すぎると感じる在日中国人の親たちも少なくありません」
日本での中学受験を考えている親の中には、小学校4年生までは中国に住む祖父母に子供の養育を任せるケースもあるそうだ。これは、中国の方が数学や理科の授業が断然進んでいるため。4年生まで中国でみっちり勉強させたら日本に呼び寄せ、残りの2年間で日本語をマスターさせる。学歴を得て人生を勝ち抜いていくためには当然のことなのだ。本書では、在日中国人の今をひもときながら、同時に日本の問題点もあぶり出している。それは、日本人の閉鎖性と中国人リテラシーの低さだ。
「日本は治安やマナーがよい素晴らしい国ですが、経済では完全に中国に抜かれています。そのことを受け入れられず、古い中国人像を捨てきれないでいると、日本人はバイタリティーあふれる中国人に負け続けるし、共生も難しいでしょう。外国人労働者の受け入れ問題を考える上でも、在日中国人の実情を糸口に、理解を深めていくべきではないでしょうか」
(日本経済新聞出版社 850円+税)
▽なかじま・けい 1967年、山梨県生まれ。新聞記者を経てフリージャーナリスト。中国、香港、アジア各国のビジネス事情や社会事情について執筆。「中国人エリートは日本人をこう見る」「なぜ中国人は財布を持たないのか」「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」など著書多数。