能力主義と格差社会
「二極化する学校」志水宏吉著
格差社会の根源にあるのが最近話題の「能力主義」。その弊害は日本をもむしばんでいる。
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実力主義はすべて本人の「能力」だけで決まるように見えるが、実はそうではない。というのも現代の学歴社会では「能力」もまた環境の産物だからだ。本書はこの問題が「公立学校の質の低下」という現象になっていることを鋭く指摘する。著者は教育社会学者で、現場の学校教育にも通じた「学校臨床学」の専門家だ。
こわいのは「ペアレントクラシー」という概念だ。これは能力主義(メリトクラシー)をもじって、子どもたちの「能力」が親の考え方や教育熱心さによって左右されることを指す。たとえば、いまはやりの「中高一貫」は明らかに私立の優秀校が主導して定着した仕組み。団塊世代のころは東大受験の名門は都立日比谷で決まりだったが、いまの中年世代なら開成などの「ご三家」。そしていまは開成や渋教幕張(渋谷教育学園幕張中高)など中高一貫が上位を占める。
著者によると学校格差には「公私間格差」と「公立内格差」があるという。特に後者は90年代の新自由主義による教育政策の反映。かつて日本の単線型の教育制度は、硬直化を指摘されながらも総じて社会の平等化に貢献してきた。しかし、公教育の中で質の良し悪しが極端化することで、これまでの教育ひいては社会の「構造が今日大きな揺らぎをみせている」と警告している。
(亜紀書房 2200円)
「メリトクラシー」マイケル・ヤング著 窪田鎮夫ほか訳
格差社会の急拡大でにわかに注目されたのがメリトクラシー。実はこのことば、いまから半世紀以上も前に書かれた風刺小説の題名なのだ。その邦訳の復刊が本書。著者はイギリスの社会学者で男爵の称号も持つエリート。しかし政治的には左派で、1945年の英国総選挙では労働党のマニフェストを起草し、労働党政権誕生に一役買った。政界を退いてからも広く市民階級に高等教育を広げるオープンユニバーシティーなど社会改革に尽力した。
本書は2034年の未来を舞台に設定しているが、刊行は1958年。つまり21世紀前半の時点から20世紀半ばを振り返ったという風刺的な設定になっているわけだ。とはいえ著者は笑いをとろうとしているわけではなく、世襲身分による格差を打破するための公平な能力主義が、いつのまにか能力の世襲に化けてしまう事態を予見していたのだ。
(講談社 2500円)
「実力も運のうち 能力主義は正義か?」マイケル・サンデル著 鬼澤忍訳
マイケル・ヤングの「メリトクラシー」が、いま再評価されて大きな話題になっているのは実は本書のため。「ハーバード白熱教室」で有名な著者が本書の中でヤングの本を絶賛したことでにわかに世間の注目が集まったのだ。
本書は既にベストセラーになっているが、生まれついた身分とは無関係で「公平で道徳的」とされたはずの能力本意の競争システムがいつのまにか学歴社会の中で「目に見えない差別」を生み出し、その不平等を背景に社会が分断されたことを鋭く指摘している。
アメリカンドリームなどはお笑い草になり、人々の尊厳は踏みにじられて生きる活力が奪われている。日本を覆う徒労感や行き場のない怒りなどは、実はバブル崩壊後の「失われた30年」のせいばかりではない。90年代の「改革」ブームがあおった政治の失敗こそ真因なのだと改めて悟らされる。
(早川書房 2420円)