<第11回>監督は「OK」なのに健さんが「もう一度やろう」
降旗監督の言葉にあるように、本作のラストカットは長い。人を刺した後、放心したような表情なのだが、高倉健の視線は宙をさまよっているわけではない。自分の未来の姿を鋭く見つめているように思える。成し遂げた後の達成感よりも、自身の暗い未来へのおびえが感じられる。
ラストカットに象徴されるように、高倉健の演技の根幹をなしているものはセリフや動きではない。「気」だ。演技に「気」がこもっているかどうかが彼にとっての演技なのである。
ただ、「気」が出てくるには時間と集中力がいる。彼が撮影現場で絶対に腰を下ろさないのも、気がなえてしまうことを恐れるからだろう。私たちにとって不幸なのは、そうした精神的な力を演技にこめる俳優がいまや存在しなくなってしまったことだ。
▽のじ・つねよし 1957年生まれ。美術展のプロデューサーを経て作家活動へ。「サービスの天才たち」(新潮新書)、「イベリコ豚を買いに」(小学館)など著書多数。最新刊は「アジア古寺巡礼」(静山社)。「高倉健インタヴューズ」(プレジデント社)が話題に。