著者のコラム一覧
野地秩嘉ノンフィクション作家

1957年、東京生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務などを経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュや食、芸術、文化など幅広い分野で執筆。著書に「サービスの達人たち」「サービスの天才たち」『キャンティ物語』「ビートルズを呼んだ男」などがある。「TOKYOオリンピック物語」でミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞。

<第20回>森繁久弥がこぼした愚痴

公開日: 更新日:

 いつか高倉健は「俳優と健康」について、こんなことを話していた。

「撮影中に気をつけているのは体のことです。病気とケガがいちばんこわい。熱が出て、顔が真っ赤になっただけでもフィルムに映ってしまうから、俳優にとって健康の管理は重要です。体をこわしてスケジュールを狂わすと、相手の俳優さんにもスタッフにも悪い。風邪をひこうが、下痢をしようが、主役は『今日はやらない』とは言えません。休むことになったら最初からスケジュールを組み直さなきゃいけなくなる。

 お相撲さんと俳優を一緒にしちゃいけないけれど、ケガをする人はダメですね。横綱で名を残した人に病気がちの人、ケガばかりしている人はいないでしょう」

 この言葉にあるように、彼は健康に気をつかっていた。80歳になっても、毎日、ジョギングをしていたし、酒を飲まず、たばこもやめていた。コーヒーは好きだったが、それもがぶ飲みしていたわけではない。「海峡」「八甲田山」「南極物語」のような過酷な現場では、演技のうまさ、セリフのしゃべり方は二の次だろう。

「この仕事で生きていくんだ」というガッツがなければやっていけない。本作では立ち回りのシーンはなく、彼のやった役柄はヒーローではないけれど、人間の滋味が出ている。

 降旗康男監督は、この時期の高倉健について、こんなことを言っている。

「私は昔の颯爽とした役の健さんよりも居酒屋の親父とか駅長さんとかの役をやっているほうがいいと思っています。年輪を経て滋味が出てきたというのでしょうか」

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