ナイツ土屋伸之が語る 師匠が祝福してくれた“真打ち昇進”
漫才協会で理事を務める人気漫才コンビのナイツ。東京の漫才をリードする2人が真打ちに昇進したことを、ツッコミ役の土屋伸之さん(39)に語ってもらった。
◇ ◇ ◇
漫才協会に入ったのはマセキの会長(故・柵木眞氏)が「ナイツを漫才協会に入れなさい」と言ったからです。だから業務命令(笑い)。
内海桂子師匠に弟子入りしたのも全部、会長が決めて。2002年でしたかね。
漫才協会の寄席をやる浅草東洋館に出られましたけど、最初は月に3日くらいで、あとはお手伝い。法被着て外で呼び込みしたり、楽屋で師匠たちにお茶を出したり、本番中はそでで音響やったり。桂子師匠の着物を畳んだり三味線をしまったりもしてました。
真打ちに昇進したのはそこから8年後ですかね。
その頃には僕らも舞台やテレビで場数は踏んでました。でも、漫才には本来、真打ちはない。落語家さんの真打ち昇進を真似てつくったものなんです。落語家さんにとって真打ち昇進は一生に一度の晴れ舞台。大々的にやりますよね。真打ち披露興行で地方も回りますし。
そういうのが漫才にはないから、漫才協会の漫才師や関係者が勢揃いする、年に1回の漫才大会の場でイベントのひとつとしてやってるんです。写真にある赤い敷物は落語家さんの真打ち昇進の挨拶をやる時の敷物を真似たもの。
「笑点」(日本テレビ系)でたまにありますけど、横に一列に並んで真打ち昇進の落語家さんや一門の落語家さんがひとりずつ挨拶しますよね。僕らは漫才だから正座はせず、赤いものを敷いたイスに座って挨拶したんです。
球児・好児師匠はこの時、もう会長だったと思います。当日、球児師匠にはオープニングでカエルの着ぐるみを着て「ゲロゲ~ロ」をやってもらい、盛り上げていただいた。70歳すぎての着ぐるみはキツかったみたいで、だいぶお疲れでしたね。
この時に球児師匠に言われたことは「好き勝手やってくれよ」と。いつもと同じことを言われました。あまり細かいことを言わない、粋な方です。だからみんなついていく。