表現の自由の侵犯 「主戦場」騒動で問われる今後の映画界
今回、「表現の自由」の侵犯など、いろいろな論点が出ている。当然だろう。ただ、事態のあとの映画人たちの敏速な行動は注目していい。映画人の具体的な抗議の行動や言論が、ことの大きさを世間に知らせ、上映へ向かわせた契機になったからである。
「表現の自由」をめぐる問題は、今や限定的ではない。これは今後、どこでも、誰にでも起こり得ると考えていい。そのことを念頭に入れた大きな危機意識を、多くの映画人が共有しつつあると思う。上映実施で事態が解決したわけではないのだ。