菅田×小松「糸」のヒットは必然?“歌謡映画”から読み解く
菅田将暉と小松菜奈、榮倉奈々の新境地
「糸」は、平成元年に生まれた男女2人がたどる恋愛模様を軸に、平成から令和に至る時代を重ねていく構成をもつ。ただ一見すると、話が詰め込み過ぎの感を抱く人もいるかもしれない。確かに、難病、DV、貧困から東日本大震災まで多くの筋書きが盛り込まれている。
泣かせる場面もふんだんに用意されており、少々、観客に迎合的な印象もあったように思うが、筆者はこう感じた。てんこ盛りのような話の展開から、少し視点をズラしながら一点集中的な見方をしてみると作品の骨格がまるで違ってくる。そのポイントが、主演の2人、菅田将暉と小松菜奈、そしてもう1人、重要人物を演じた榮倉奈々の新境地ともいえる熱演だ。これがとても新鮮であった。
菅田の演技力は、すでに若手実力派俳優として折り紙つきだが、本作の彼が見せた相手を思いやる優しさのしぐさや言葉の数々には、つくづく感心させられた。人間と人間が織りなす大切でかけがいのない心の通い合いが、彼のときにあふれ出る涙とともに広がっていくかのような感動があった。
■“かつ丼シーン”は見もの
小松には彼女が出演した作品史上、もっとも印象深いシーンがあった。ヒントだけをいっておけば、それは何と異国の地でかつ丼を食べるシーンだ。かつ丼は菅田との約束が破れ去っていく象徴でもあった。榮倉は成長した。相手への思いと、別の男への思いを断ち切れない心の性(さが)が、病を介したなか、見事に演じ分けられていた。少し早いが、円熟期に入ったかのような彼女の入魂の演技に筆者はとにかくうれしかった。
往年の歌謡映画がなぜ作られたかといえば、歌の人気もさることながら、主演や脇の俳優たちを支持する若者が多かったからだ。「糸」は俳優の人気によって成立している作品である点においても、王道の歌謡映画に見えて仕方なかった。古いタイプの映画といえるかもしれないが、企画の発端に強烈なインパクトをもつ歌があり、そこから派生した話を、人気、実力を兼ね備えた俳優が組み立てる。それらの要素によって、ヒットを形作る作品もあっていい。
正直に告白してしまえば、筆者は何度も泣かされた。あまりに飛び飛びの涙になるので、もっと順序立てて泣かせてくれとも思ったが、いつの間にか3人の演技に引きずり込まれていく自身がいた。歌謡映画に栄光あれ、である。