松尾潔(後編)「お前は音楽のことだけやってろ」って風潮は危険です
「正義より生理」
──夕刊紙の歴史に残る、2023年7月6日、見開きでの拡大版となりました。
松尾 拡大版にも程がある(笑)。あのとき、筆を進めているときは無私、静かな心境でした。あれが大きく載って、一生分の誹謗中傷は受けたかもしれない。でも、賛同して下さる方も大勢いた。「世間は捨てたもんじゃないな」と思いましたね。
──このときの気分を解析すると、後押ししたのは正義感ということになりますか?
松尾 うーん、ちょっと違います。言うなれば「正義より生理」。例えば、人間誰しも眠くて仕方のないときってあるでしょう。そのときに耳元で「ねえねえ、政治の話をしようよ」って言われても「後で……」って言って寝ちゃいますよね。それで眠ったとして、蚊が「プーン」って飛んできたらどうします? 「バシッ」と叩き殺すでしょう。それが生理です。いくら眠くても生理が勝つんですよ。
──ああ、わかりやすい。
松尾 僕にとって旧ジャニーズの問題はまさに生理的に看過出来なかった。同時に2023年に起こった問題はいずれも同根に映ります。自民党の裏金と派閥の問題もそう。「これからは派閥という言い方はやめて『政策研究会』と呼ぶことにします」って、これって、旧ジャニーズが「SMILE-UP.」に改名したときの理屈と一緒じゃないですか。
──師走に入って松本人志の問題も飛び込んできました。
松尾 あれもね、若い芸人が松本人志の好きそうな女性を連れてくるって、パワハラが生まれる構図として一緒だもの。構図が似ているというのは、この国全体が体質改善していかない限り、同じことを繰り返すわけで。
──ただし、問題を論じる上で、専門分野ではないものも含まれると思います。それについてはどうお考えですか?
松尾 僕は音楽について言うと、参考資料がなくても、立て板に水でブアーッと語れます。でも、政治や社会については、つっかえつっかえ、「間違えてないか」って慎重になりながら。でも、それでいいじゃないですか。
──そのことを攻撃する人もいますよね。
松尾 「黙れ」「売名か」「おまえは音楽のことだけやってろ」って。でも、そんな風潮は危険ですよ。だから、僕は言い続けるしかない。「同じ口で語ろう」「おれの歌を止めるな」と。 =おわり
(聞き手=細田昌志/ノンフィクション作家)