あの時、新聞やテレビが報じていたら…ジャニーズの少年たちの「性被害」は拡大しなかったはず
「喜多川氏による性被害の証言は以前から出ていたが、一部の週刊誌などが中心だった。メディアの取材や報道が十分だったのか。こちらも自戒し、今後の教訓としなければならない」(朝日の社説)
よくこんなことがヌケヌケと言えるものだと感心する。あんたんところの取材も報道も不十分だったどころか、そうした「卑劣な行い」(朝日)を知っていながら何もしなかったではないか。だから朝日は嫌われるのだ。
初期のジャニーズ事務所を代表するグループ、フォーリーブスの中心メンバーだった北公次(北という芸名は喜多川からつけられたという。享年63)は、1989年に出した「光GENJIへ 最後の警告」(データハウス)の中でこう書いている。
「異常な少年愛。ジャニーさんのそれは性癖に問題があり、そこには通じる愛もなく、了解もなく、やさしさもない、たんなるわがままな欲望だけが潜んでいるのだ」
文春がジャニー喜多川の性加害問題を報じるのは、これが出た翌年である。新聞とテレビが後に続いていれば、その後も多くの少年たちがジャニー喜多川の“欲望の餌食”になることはなかったことは間違いない。 (文中敬称略)
(元木昌彦/「週刊現代」「週刊フライデー」元編集長)