元グーグル日本法人代表 辻野晃一郎氏が喝破 無責任体質が経済停滞とデジタル化の遅れを招いている

公開日: 更新日:

国を沈滞させるピラミッド構造

 ──日本は今まさに産業が沈滞しています。

 政府とつながりを持ち、さまざまな便宜を図ってもらいながらビジネスをする企業からはイノベーションは起こらないでしょう。また、イノベーションを起こすには、既存のルールを打ち破っていくエネルギーが必要。ルールブレークすれば波風も立ちます。その波風に正面から向き合い、正々堂々とルールを一新しながら新しい市場を育てていくのが企業のミッションです。裏で政府にすり寄って自分に都合のよいようにこそこそルールを変えるようではイノベーションなど起きず、産業は沈滞するばかりです。

■日本では機能しない「群衆の英知」

 ──「失われた30年」といわれますが、企業の不祥事も相次いでいます。トヨタ自動車をはじめとした自動車メーカーの不正が判明。原因は何だと思いますか。

 インターネットの世界での大切な概念として「ウィズダム・オブ・クラウズ」というものがあります。日本語に訳すと「群衆の英知」。少数の経営幹部や専門家だけでなく、できるだけ大勢の人たちの考えをたくさん集めてより良いソリューションを導き出そうという概念です。民主主義の存立根拠ともいえます。この概念は組織の自浄作用にもつながります。例えば、組織内で不祥事を起こした人がいたとすると、見つけた人が「何やってんの」とちゃんと声を上げる。すると、だんだんその輪が広がっていき、悪事が早い段階で抑止される。「もの言えば唇寒し」とされる日本社会では、この「ウィズダム・オブ・クラウズ」がちゃんと機能していないのだと思います。

 ──組織内で誰も声を上げられなくなっていると。

 2018年ごろのグーグルでの事例ですが、米国防総省の軍事プロジェクト「プロジェクト・メイブン」に、グーグルが自社のAI技術を提供していたのですが、これに社員たちが猛反発。何千人もの社員が「軍事に加担するのはポリシーに反する」と社内でデモをやったり、抗議文をCEOに突きつけたりと、反対運動を展開しました。最終的にCEOがプロジェクトからの撤退を余儀なくされるということがありました。

 ──組織の上層部ではなく、下から自浄作用の動きが出てくるわけですね。

 今の日本の組織は、その対極にあります。2015年に発覚した東芝の不正会計や、今回の自動車メーカーの不正も根っこは同じ。さらに言うと、財務省による公文書改ざんも元凶は一緒です。下から上に意見を言いにくい組織の「ピラミッド構造」が原因です。

 ──どういう構造ですか。

 意思決定がトップダウンで現場に伝達され、原則皆それに従って「受け身」で動くスタイルです。現場は、上からの命令や指示に対して自分の意見を言ったり抵抗しにくい。財務省の公文書改ざんを巡っては、上の指示に抗しきれずに改ざんに手を染めた職員が自殺に追い込まれたほどです。このピラミッド構造は、「隠蔽」や「忖度」などが生まれるもとでもありますし、行政のデジタル化の遅れにもつながっています。

 ──日本は遅れが指摘されて久しいですね。

 デジタルの時代は「オープン」や「フラット」がキーワードです。ところが、日本では行政のデジタル化を進める上で、まずデジタル庁という縦割り組織を新設しました。そしてデジタルの専門家でもない剛腕とされる政治家をトップに置いて、上意下達の恫喝命令型、強行突破型のスタイルでマイナカードなどを推進しています。ウィズダム・オブ・クラウズを活用して、間違えたら軌道修正を繰り返しながら徐々に完成度を高めていく、というのがデジタル時代の本来のやり方です。台湾では行政のデジタル化にオードリー・タン氏が多大な貢献をしましたが、やり方が全く違います。

 ──これでは日本はなかなか前に進めませんね。

「鯛は頭から腐る」といいますが、国政でも都政でも、平気でウソを重ねるような人物がトップに居座り続けてきたことで、リーダーが責任を取らない姿が当たり前になり、モラルハザードが社会の隅々にまで蔓延しています。しかし、今回の選挙結果からも明らかなように、このような実態に対する人々の危機意識がまだまだ希薄です。日本人は現状変更を嫌う傾向が強いとされますが、それに加えてあきらめのムードも強まっているのかもしれません。しかし、生成AIなども登場し、世の中は激変しています。いいかげん昭和型の古い体質を打破して、衆愚とは真逆のウィズダム・オブ・クラウズの力を発揮し、日本社会をアップデートすることが急務です。

(聞き手=小幡元太/日刊ゲンダイ)

▽辻野晃一郎(つじの・こういちろう)福岡県生まれ。1984年に慶大大学院工学研究科を修了し、ソニーに入社。88年にカリフォルニア工科大大学院電気工学科を修了。2006年、ソニーを退社。翌年、グーグルに入社し、グーグル日本法人代表取締役社長を務める。10年にグーグルを退社し、アレックス株式会社を創業。現在は代表取締役社長兼CEO。「グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた」など著書多数。

●辻野氏の好評メルマガ「『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~」はこちら

●Xの公式アカウントはこちら

■関連キーワード

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    オリンピアンの大甘同情論に透ける「特権意識」…血税注ぎ込まれているだけに厳罰必至の当然

  2. 2

    美川憲一「もういいわ」和田アキ子「ありえない」…切り捨てた重鎮に見捨てられたNHK紅白の末路

  3. 3

    「重圧は言い訳にならない」とバッサリ、体操界レジェンド池谷幸雄氏が語る「エース不在」の影響

  4. 4

    体操界は飲酒喫煙「常態化」の衝撃…かつてスポンサー企業もブチギレていた!

  5. 5

    悠仁さまが“定員3人”の狭き門・筑波大AC入試も余裕でクリアできるワケ…9月初めにも明らかに?

  1. 6

    まともに相撲が取れない貴景勝いまだ現役の裏に「親方株問題」 3場所連続休場で9度目カド番確定

  2. 7

    マイナ保険証ゴリ押しへ新たな「ニンジン作戦」…10月からこっそり診療報酬4割アップの姑息

  3. 8

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  4. 9

    美川憲一がジャニー氏性加害問題に言及した重み…“オネエキャラ”転身までの苦難の道のり

  5. 10

    別居から4年…宮沢りえが離婚発表「新たな気持ちで前進」