沖縄戦の晩発性PTSD報告 精神科医が警鐘「戦争トラウマの世代間伝達はひ孫まで及んでいます」

公開日: 更新日:

蟻塚亮二(精神科医)

 ほどなく戦後79年を迎えるが、平和国家としての歩みは年を経るごとに危うくなっている。県民の4人に1人が犠牲となった沖縄では、惨禍を生き抜いた高齢者が晩発性PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しみ、社会問題の根っこには戦争トラウマの世代間伝達が潜んでいるという。にもかかわらず、米国主導で自衛隊の南西シフトは進み、在日米軍との一体化が加速。住民の不安は置き去りだ。戦火は沖縄に何をもたらしたのか。6月23日の慰霊の日を前に、心の傷に向き合う医師に聞いた。

  ◇  ◇  ◇

 ──2011年の沖縄精神神経学会で戦争体験者の晩発性PTSDを報告されました。長い年月を経て発症することから、そう名付けられたそうですね。

 縁あって2004年に沖縄に移住するまで、青森県弘前市の病院に勤めていました。数えきれないほどの精神鑑定を行い、検察からの依頼で起訴前鑑定をしたり、過労性うつ病で自殺した方の労災認定に関する意見書を書いたりもしてきたのだけれど、沖縄ではこれまで見たことのない症例にいくつもぶつかった。ひとつが「奇妙な不眠」。原因不明の不眠を訴える高齢患者を立て続けに診ることになったのです。その症状は、ホロコースト生還者の精神症状に関する論文の記述と酷似していた。そこで「沖縄戦の時はどこにおられましたか」と尋ねたところ、子どもの頃に戦場を逃げ歩いた体験があることが分かった。戦争トラウマの後遺症による過覚醒型不眠に苦しんでいたんだね。

 ──どういうことですか。

 眠りにつこうとすると、「起きろ、起きろ」と妨害するトラウマ刺激によって睡眠が中断したり、目覚めてしまうタイプの睡眠障害です。戦時記憶の増大、不安発作やパニック発作、解離性もうろうなどの症状も認められた。「足の裏が焼けるように痛い」と訴えた女性は、日本兵に壕から追い出されて死体を踏みつけてしまっていた。大枠ではありますが、フラッシュバックなどの侵入的思考はトラウマ反応で、PTSDはその典型例。トラウマやストレスが原因で発症する非定型うつ病も多くみられました。

■うつ病や不眠症のふりをして出現

 ──うつ病とどう違うのですか。

 従来型のうつ病が「朝は憂鬱気分が強い」のに対し、「朝は鉛のように体が重い」「夕方に寂しくなり、わけもなく涙が出る」のが非定型うつ病です。同じように見えるけれど、全然違う。非定型うつ病はつまり、新型うつ病です。12年に関係者の協力を得て「沖縄戦を体験した高齢者の心への影響について」という400人調査を実施したところ、約4割がPTSDを発症する可能性が高いことが浮かび上がった。PTSDはうつ病や不眠症のふりをして現れるんだね。

 ──なぜ沖縄の医療関係者は戦争トラウマに気づかなかったのでしょう?

 那覇市の精神科医の集まりで先輩方に聞いたところ、「家族や親戚に必ず沖縄戦体験者がいるから、子ども時分から戦争を口にするのはタブーだった」ということでした。根掘り葉掘り聞いて苛烈な体験を思い出させるのがはばかられ、そういう発想には至らなかった。「死ぬまで語らず、あの世まで持っていこうとしていた記憶を蟻塚先生に見つかってしまったなあ」と言われました。

 ──「見つかってしまった」という言葉にさまざまな思いがこもっています。

 激戦地だった伊江島では、夏祭り終盤の花火打ち上げに差し掛かると、高齢者を帰宅させるそうです。フラッシュバックを回避させる思いやりだね。在沖ジャーナリストの山城紀子さんに聞いた話では、高齢者施設の入居者は慰霊の日の前後になるときまって叫び声を上げたり、不穏になるそうです。その多くが認知症で、日付は分からないのに。温度や湿度が戦時記憶を呼び起こすのではないか、とのことでした。沖縄社会にはいまなおトラウマが充満している。「ハイサイおじさん」という喜納昌吉さんのデビュー曲があるでしょう。

■「ハイサイおじさん」と精神病多発

 ──志村けんさんが「変なおじさん」に替え歌した曲ですね。

 喜納さんの幼少期の体験に基づいているんだよね。酒に溺れていた近所のおじさんが帰宅すると、娘の姿が見えない。精神に変調をきたした妻が娘の首を切り落とし、大鍋で煮てしまっていた。1962年にコザ市(現沖縄市)で起きた事件です。妻は戦争精神病を患っていた可能性が高く、おじさんのアルコール中毒も戦争の影響があったように思います。

 ──孤独になったおじさんと喜納少年の交流が、あの底抜けに明るい曲を生んだんですよね……。

 戦後15年前後の60年代は統合失調症が急増する「精神病多発時代」、戦後18年にあたる63年は「戦後最悪の少年非行の年」と呼ばれたの。統合失調症を発症するのは人口1000人に対して8人程度。ところが、66年に実施された沖縄県精神衛生実態調査では、本土の有病率に対して3倍以上も高かった。戦前は本土と何ら変わらなかったのですから、明らかにおかしい。一方で、少年非行による強姦、強盗、殺人、放火などの凶悪犯罪が爆発的に増えた。統合失調症は遺伝的要因があるものの、周産期や思春期のストレスなどの環境要因によって発症するという学説がある。遺伝的脆弱性のある人は統合失調症になり、そうでない人は非行に走ったのではないか。どちらもトラウマ反応で、戦争ストレスによる車の両輪だと考えています。

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