骨にヒビでも練習 阪神2位小野泰己は父の“熱血指導”が礎
小野は文句一つ言わず、練習に励んだ。折尾愛真高時代、北九州にある4LDKの一軒家の自宅から片道10キロ以上を自転車通学した。早朝に家を出て、帰宅は午前さま。遅刻したのは一度だけだという。同校野球部の奥野監督は「ドがつくほど真面目。妥協することはなかった」と振り返る。高校時代はプロ志望届を出したが声はかからなかった。つらかった思いを胸にしまい、富士大での4年間で大輪の花が咲いた。
▽おの・たいき 94年5月30日、北九州市生まれ。大原小1年時からソフトボールを始め、上津役中では軟式野球部。折尾愛真高では3年春に県ベスト8。富士大(岩手)では2年春からベンチ入り。4年秋は北東北大学リーグ優勝を果たし、明治神宮大会に出場する。大学通算14勝。最速152キロ。右投右打。183センチ、75キロ。家族は父、姉、兄。