「戦争と広告」森正人著
メディアによる戦争の伝え方・伝わり方を検証
集団的自衛権の必要性を訴える記者会見の折、安倍首相が「邦人輸送中の米輸送艦の防護」を説明する際に用いたフリップに幼い子供を連れた母親のイラストが描かれていたのを覚えておられる方も多いのではないか。
首相は、本番前にこのイラストを大きくするよう指示したとされる。実は100年前、第1次世界大戦の正当性を訴えるイギリスのポスターにも同じく戦火から逃れる母子が描かれていたそうだ。「弱い女性と子供とそれを守る男性」、そして守ることが戦うことにまで引き伸ばされたこの2つのイラストは、特定の政治的な背景の中で、特定の主張を理解するための物語を我々に提供している。
このように私たちが見ているものは、いつも特定の目的に応じて「見せられている」のだ。本書は、日中戦争から太平洋戦争にかけて刊行された雑誌や博覧会や博物館の展示など、さまざまなメディアを俎上に、その操作された視覚を考察したビジュアルテキスト。
戦時中、自らを正当化し、敵を悪魔化するため、そして国民の一体性を高めるために、さまざまなメディアが作り出されてきた。内閣情報部が国内の日本人向けに1938年2月から終戦直前の1945年7月まで発行した週刊報道雑誌「写真週報」はその最たるもの。
一方で、アジアと中国の解放という名目で始まった戦争の相手が、中国だという日中戦争の矛盾を覆い隠し、その正当性を訴えるために開催された「支那事変聖戦博覧会」(1937年)をはじめ、戦地のジオラマや戦利品などを並べた博覧会や博物館での展示も戦時中に盛んに行われていた。
大東亜戦争1周年記念の「写真週報」に掲載された「宣戦の大詔」を聞いて皇居前で「忠誠を誓ひまつる民草」と紹介された写真をはじめ、英語の宣伝文句が書かれた建物の前を歩く洋服を着た男女や、銃剣を手に整列する女性たち、靖国神社の前に笑顔で立つ兄を戦争で亡くした少年などの各写真を読み解きながら、言葉や、物質、視覚イメージがどのように結び付けられ、戦争を聖戦化し、人々の誇り、愛、恐怖、嫌悪といった感情が生成されていくのかを克明に分析していく。
メディアは「民衆を説得するというよりも、現実社会で生じていること、生じようとしていることに対する理解の枠組みを形成」し、正しさとは何か、悪とは何かという定義を作り出すのに深く関わっていると著者は説く。
戦争の伝え方、伝わり方を解き明かした本書は、決して過去の出来事を検証するだけではなく、今も現実に起こり、進行していることを暗示、警告する。(KADOKAWA 1700円+税)