「美しい建築の写真集 喫茶編」竹内厚・文 沖本明ほか写真
喫茶店で飲む珈琲は、チェーン店やコンビニの使い捨てのカップで飲む珈琲では決して得ることができない豊かな時間をもたらしてくれる。それは、珈琲の味の違いはもちろん、店の空間がつくり出す場の力によるところも大きい。
本書は、美しい建築とおいしい珈琲、その両方を満たしてくれる建物を紹介するグラフィックガイドブック。
北海道は札幌の「ろいず珈琲館」は、北海道帝国大学の教授だった小熊捍の邸宅を観光名所の藻岩山のふもとに移築復元したもの。フランク・ロイド・ライトの設計事務所で学んだ田上義也が設計し、1927(昭和2)年に建てられた住宅は、三角屋根が折り重なるように十字に交差した正面をはじめ、見る角度によってさまざまな表情を見せてくれる。
その内部は、壁の随所に埋め込まれたひし形の窓や大きな亀甲窓、そしてカンジンスキーの抽象画を彷彿とさせる幾何学的な室内装飾などが空間に心地良い緊張感を生み出し、珈琲タイムを演出する。
大正時代の町家にレトロな黄色い看板がマッチした東京・谷中の「カヤバ珈琲」は、1938(昭和13)年から喫茶店として営業をしているが、経営者が亡くなり一時閉店。現在は、外見はそのまま、内装を現代仕様に改修し、NPO法人によって運営されている。
大阪・淀屋橋で異彩を放つ芝川ビルは、インカ風と形容される内外の装飾が特徴で1927(昭和2)年に建てられた元花嫁学校。「Mole&Hosoi Coffees」は、その地下金庫室として使われていた場所をそのままカフェとして活用している。
その他、外観がヨーロッパの古い町並みを連想させる京都・木屋町の「フランソア喫茶室」や、阪神・淡路大震災で全壊した旧神戸居留地十五番館の部材を集めて3年がかりで再建した「TOOTH TOOTH maison15th」など。明治・大正の近代建築から、60~70年代のモダニズム建築まで、歴史と独特の意匠がつくり出す特別な空間で、心地良い時間を過ごすことができる全国の31店を紹介する。
東京・新宿の「カフェアリエ」は、磯崎新が大学院生のときに同郷の美術家・吉村益信のアトリエ兼住居として設計。多くのアーティストが集まったところから「新宿ホワイトハウス」と呼ばれた美術史に名を残す建物だ。たまたまこの建物に出合い、このまま朽ち果ててしまうのを見過ごすことができず、経験もないのにここでカフェを始めたという向野実千代さんら、店のオーナーらが建物への愛着を語るインタビューなども収録。
カフェ好きはもちろん、チェーン店・コンビニ派の人も手にしたら一度は訪ねてみたくなる店ばかりだ。(パイ インターナショナル 1800円+税)