認知症の常識が変わる本特集
「認知症の私からあなたへ」佐藤雅彦著
世界一の長寿国である日本では、高齢者の3人に1人が認知症という時代が訪れようとしている。高齢化と認知症の増加は対になるもの。どうせ長生きするのだから、認知症を恐れるだけでなく、前向きに捉える発想の転換が必要だ。今回は、認知症とともに前向きに生きる患者のメッセージをはじめ、意外と多い認知症の誤診など、認知症の常識を変える4冊を紹介しよう。
「認知症と診断され、これからどうやって生活をしたらよいか、わからなくなった人のために、私の経験をもとに書いたものです」
こんなメッセージとともに始まる、佐藤雅彦著「認知症の私からあなたへ」(大月書店 1200円+税)には、2005年にアルツハイマー型認知症と診断された著者が、この10年間どのように生き、何を感じてきたかが素直な言葉で語られている。
システムエンジニアとして活躍していた著者が認知症を発症したのは51歳のとき。「私の人生は終わった」と、絶望の底に突き落とされたという。しかし、認知症には二重の偏見があることに気づき始める。ひとつは、社会が「認知症になると何もできなくなり、何も分からなくなる」と思い込んでいること。そして、もうひとつは自分自身がそれを信じ切っていたことだった。
著者も認知症と診断されてすぐに、25年間勤めた会社を自ら辞めている。失敗ばかりするのではないかという恐怖で身がすくみ、無気力にも陥った。症状以前に、認知症に付けられたイメージや誤解が、生きる力を奪っていたのだ。
そのことに気づいてからは、生活が少しずつ変化する。最初のうちはもの忘れ対策として行動の記録を付けていたが、どうしても“できないこと”ばかりに意識が向いてしまう。そこで、その日に“できたこと”や“楽しかったこと”だけをつづるようにした。すると、自然と自信が湧き、できることが意外と多いことも分かり、生活にハリが生まれた。
もちろん、忘れることもある。そこで、携帯電話やタブレット端末を駆使し、オンラインのカレンダーでスケジュールを管理したり、アラーム機能で約束の時間を知らせたり、出会った人や食べたものを写真にとって残すようにした。
数年前からはフェイスブックも始めている。認知症にとって記憶障害は避けられないが、便利な機械の助けを借りれば解決は可能だ。
著者は、「私にとってIT機器は外付けの記憶装置」と語る。ちなみに、携帯電話やタブレット端末の操作は、認知症になってから覚えたそうだ。
認知症になった自分だからこそできることを探し、これまでの体験を伝えるための講演活動も精力的に行っている。しかし、この10年間、知恵と工夫で“普通に”暮らし続けてきた著者に対し、「本当に認知症?」「売名行為だ」という心ない声もあるという。これこそが認知症に対する偏見の表れだ。
認知症の先にあるのは決して絶望ではなく、人生を諦める必要などない。患者本人の言葉から、そのことに気づかされる。