著者のコラム一覧
増田俊也小説家

1965年、愛知県生まれ。小説家。2012年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一ノンフィクション賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。現在、名古屋芸術大学客員教授として文学や漫画理論の講義を担当。

「サーキットの狼」(全27巻)池沢さとし作

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「サーキットの狼」(全27巻)池沢さとし作

 名古屋の風俗嬢と話していて、たまたま車の話になった。そこで彼女がやたらと詳しく車の話をするので私もウンチクを垂れた。彼女が興奮した。

「お兄さん、めちゃくちゃ時代についてきてる。車のこと詳しすぎ。気持ちが若いわ」

 彼女は高校を出てすぐに走り屋になり、いまもシビックのタイプRに乗っているという。

「その年で、どうしてそんなに車に詳しいの?」

 彼女は完全に前のめりになっていた。

「あのさ??」

 呆れながら私は説明した。君がいま夢中になって話すフェラーリやランボルギーニ、ポルシェの名前が世間に知られるようになったのは、そもそも俺たちが小学生の頃なんだよ。

「4年生のときジャンプで『サーキットの狼』っていう池沢さとしさんの漫画が大ヒットして、スーパーカーブームっていうのが起きたんだ」

「へえ、そうなの!」

 やはり知らないのかとこっちが驚いた。たしかに1975年といえば50年も前になる。

 このブームというのが彼女の世代感覚では理解できないほどすごいものだった。私たち当時の男子は、小学生はもちろん、中学生、高校生、大学生、社会人から爺さんたちまで熱狂した。それまでスポーツカーを微に入り細をうがって語ってくれるメディアなどなかったのである。

 特に私たち小学生は「うわ!」「すげえ!」と憧れ、スーパーカーTシャツを着て、スーパーカー靴下をはいて登校する。学校に着くとスーパーカー筆箱、スーパーカー鉛筆、スーパーカー消しゴムだ。

 思い出した。そもそも小学校の担任からしてトヨタ2000GTに乗っていた。中学に入ると今度は先生がコスモスポーツに乗っていた。世代に関係なく男たちはこの漫画によって車の凄みを知り、楽しみ方を知っていく。

 あれから50年間、日本の自動車産業の隆盛を引っ張ったのは、スーパーカーブームの夢の跡だった。「巨人の星」が少年ファンを引き込んで現在のプロ野球ビジネスの礎を築いたのと同じく「サーキットの狼」こそが日本の自動車産業の礎を築いた。日本の自動車メーカーの社員の多くがスーパーカーブームを経験した者ばかりだから、夢を追って車を造り続けてきた。海外メーカーはいまだ日本の自動車メーカーのこの秘密を知らない。

(集英社 品切れ重版未定 Kindle版 439円~)

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