「赤と青のガウン オックスフォード留学記」彬子女王著/PHP文庫(選者:稲垣えみ子)
我らとて「特別な人」なのだと思い出させてくれる
「赤と青のガウン オックスフォード留学記」彬子女王著/PHP文庫
話題の本と知っていながらなかなか手にするに至らなかったのは、二つ理由がある。一つは、グローバル化久しい現代に今さら留学記? という時代錯誤感。もう一つは、皇族&オックスフォードという組み合わせに漂うスノビズムの香り。だが私の読書アドバイザーである我が姉が「面白かったよ」とポンと手渡してくれたので、読んだ。
いや……すごく面白い。というか、とても大切なことを教わった。読んでよかったのである。浅はかな偏見を反省する。
内容は、確かに今更ながらの留学記。真面目で一本気なアキコさんゆえ、羽目を外すわけでも恋愛事件が起きるわけでもない。でもそれがイキイキと描かれ思わずガンバレと応援したくなるのは、彼女がプリンセスだからだ。高貴な人だからという意味ではない。我ら一般人には何でもないことの全てが、プリンセスには冒険であり闘いなのである。留学そのものも、1人で外を出歩くことも、電車に乗ることも、普通の友達付き合いをすることも、どれも彼女にとっては普通に手に入ることではなかったのだ。
でもアキコさんは持ち前の素直さとユーモアと礼儀正しさで、時に失敗し苦労しながらも、一つ一つ自分の世界を広げていく。敷かれたレールの上でなく、小さくとも自分の足で歩数を重ねていく喜びが素直に伝わってくる。次第に、彼女が特別な人ということを忘れてしまう。いや……そうじゃないな。彼女は確かに特別な人で、しかし我らとて皆「特別な人」なのだ。誰もが抗いがたい運命を背負い、その中で懸命に生きるしかないのである。肝心なことは与えられたものを受け止め、そこから逃げず自分らしく生きようとすることだということを、アキコさんの文章は確かに思い出させてくれる。
私が胸を突かれたのは、最後の卒業式のシーンだ。
思うように論文が書けず何度体調を崩しても「プリンセスとしてではなく、一人の研究者としての実力を認められたい」と、ようやく取得した博士号。でも日本ではさまざまな「配慮」から、博士号取得の事実を公表することもままならない。「こんなに頑張っているつもりなのに、なぜ認めてくれないのだろう」と何度も泣いた。でも式に集まった厳しい指導教官や励まし合った友人たちを見て、たった1人で戦っているつもりになっていた自分に気づく。そして、人生において最も大事なことは何かを知るのである。
それは実に平凡で、それゆえ忘れがちなこと。私は心の底から共感した。 ★★★