「異端者」勝目梓氏
秘密は誰にでもある。性的嗜好ともなればなおのこと。母子相姦、同性愛、マゾヒズム……戦中生まれの72歳の男が、人に言えない異端の人生を淡々と顧みる物語である。不倫ですら糾弾され、犯罪者扱いされる平成の今、あえて性的タブーを題材に斬り込んだ話題作である。
「不倫がとがめられ、社会的に弾圧されるのは不健全だよね。確かに不道徳ですよ、家族主義の中での約束だから。でも四角四面にいかないのが人間でしょう? 今の時代、悪書もなくなっちゃって、口当たりのいい小説が多い。それは不健康だと思う。僕はあえてひんしゅくを買うことも小説の役割だと思っているんです。誰もやらない隙間産業を細々とやろうと思ってね」
その背景をひもとくと、実は著者自身に「戦争のトラウマ」があるという。
「僕は13歳で終戦を迎えました。それまでは考えなくてよかった。教えられることを疑いもせず、信じていればよかった。要するに『思考停止』で、非常に幸せだったんです。ところが終戦を迎え、今までのことは全部ウソだったとわかる。もう誰の言うことも信じられず、虚無みたいなものに汚染されてね。人の言うことは疑え、というのが骨絡みにある。だから、自分の感覚や想念、想像力が及ぶことしか書けないし、書きたくない。それが結局、セックスなんです。机上の知識でブッキッシュには書けない。つまり僕は知的じゃないんだよ(笑い)」
なるほど。主人公の新垣誠一郎はまさに虚無だ。果てしない肉欲にさいなまれながらも己を抑圧し、精神的被虐にふける。厭世的な人生を歩むのだが、唯一の理解者に巡り合う。それが綾部蘭子である。
「震災以降、小説でも絆や家族愛を重んじる傾向があるね。でも絆ってのは語源的には縛ること。動物をつないでおくとか束縛ですよ。誠一郎と蘭子は家族でも夫婦でも恋人でもない。性の異端者同士、いわばネガティブで特異な形で結ばれている。絆や家族愛を描いた小説は読者を慰めてくれるけれど、慰めない小説があってもいいでしょう?」
そもそもの発端は母だ。誠一郎が中学生になるまで性器を洗ってやり、高校生のときに性の対象にしてしまった母・稲子の業は深い。深いが決して否定できないという。
「戦時中の女性の性的な抑圧は相当なものがあったと思う。当時僕は子供だったけれど、後から考えると鬱勃たるものが世の中に満ちていたんだろうなと。でも、誰も書かない。そういう隙間を僕が埋めていかないとね」(文藝春秋 1700円+税)
▽かつめ・あずさ 1932年、東京都生まれ。40代になって、純文学から大衆文学へ転向。官能とバイオレンスで一世を風靡し、流行作家として活躍。今年で作家生活40年、著書は320冊に上る。近著に「死支度」「ある殺人者の回想」「秘事」「あしあと」など。