「ペンギンの楽園」水口博也著
三千数百万年前、南極大陸が他の大陸と離れ、南極点を中心に位置するようになると、その周りに海流が生まれた。この地球最大の海流「南極環流」が、この海域に豊かな栄養分を湧き立たせ、一帯に海棲動物たちの楽園をつくり出した。本書は、20年近く南極に通い続ける著者が、その楽園に暮らす動物たちの今を伝えるフォトルポルタージュ。
「地球上でどこかひとつの場所に行けるとするなら、間違いなくサウスジョージア島を選ぶ」と著者が惚れ込む島は、地球上でも類いまれなる生きものたちの楽園だという。
南極海の生態系の根幹を支えるのは、ナンキョクオキアミという体長6センチほどの甲殻類なのだが、ウェッデル海で生まれ育った膨大なナンキョクオキアミは、海流に乗って北東に流れ出し、そのただ中にサウスジョージア島はある。
コウテイペンギンに次いで2番目に大きい「キングペンギン」は、南太平洋に浮かぶ亜南極の島々に生息するが、この島には全体の20%、約40万つがいが密集。他にも海岸を埋め尽くすナンキョクオットセイやミナミゾウアザラシ、さらにマカロニペンギンは世界最大のコロニーをつくり、翼を広げると3メートル半にもなるワタリアホウドリが南太平洋に飛び立つのもこの島だ。
見渡す限り広がるキングペンギンのコロニーや、人間による猟で一時は激減したが、現在では400万頭を超えるまでに急増し、その大多数がサウスジョージア島を故郷にしているというナンキョクオットセイの子育ての様子など、島を拠点にするさまざまな動物たちを活写。
一方、南極半島のベリングスハウゼン海側では、アデリーペンギンが極端に個体数を減らしているという。近年、春から初夏にかけての降雪が飛躍的に多くなり、地面が露出したところでしか営巣しないアデリーペンギンの巣作りが遅くなり、ヒナを巣立たせることが難しくなっているのだ。その降雪の原因は、「南極大陸の極端な温暖化」なのだという。南極半島を取り巻く海の水温が上がり、蒸発量が増え、雪となって地上に降り積もっているからだ。
その他、1日に10羽のペンギンを捕らえるヒョウアザラシや、ザトウクジラ、シャチ、そして20年ほど前に見つかったスノーヒル島の新たな繁殖地で子育てするコウテイペンギンなど。
美しい写真とともに、楽園の住人たちの生態を紹介しながら、彼らが置かれている現実も伝える。
南極もツアー旅行で誰もが気軽に訪ねることができる時代、南極環流が生み出した奇跡の楽園が、いつまでも彼らの楽園であり続けることを静かに願う。(山と溪谷社 1800円+税)