「台北・歴史建築探訪」片倉佳史著

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 台湾の台北市内に今も残る日本の統治時代(1895~1945年)の歴史的建築物を紹介するビジュアルブック。台湾在住の著者が、15年の歳月をかけて取材・調査した成果をまとめた力作だ。

 日本統治時代の台湾を語るうえで欠かせないのは、新領土を管轄するために1919(大正8)年に竣工した「旧台湾総督府」だ。日本初といわれる全国規模の懸賞金付きコンペで選ばれたデザインは、総督府の意向で手が加えられ、当初の案よりも中央塔の高さが高くなるなど、より権威を強調したデザインになったという。

 戦後、建物は中華民国・国民党政府に接収され、現在も「總統府」として利用され、現在は「國定古蹟(国家が管理する史跡)」の指定を受けている。

 この總統府を中心としたエリアは統治時代から現在まで行政の中枢であり、戦時期に多く見られる「帝冠様式(帝国冠帽様式)」のスタイルを踏襲して台湾産の大理石を用いて建てられた「旧台湾総督府高等法院」など最高司法機関が入る建物(1934=昭和9=年竣工)や、フランス風バロック様式の「旧台湾総督官邸」(1913=大正2=年竣工)、そしてレンガ造りの「旧台湾軍司令部」(1920=大正9=年竣工)など、重厚な建物が数多く残り、あるじは代わったものの現在も引き続き同じ用途で使用されている。

 一方、かつて台北一の繁華街だった西門町エリアには、町のシンボルだった「旧公設西門町食料品小売市場」(1908=明治41=年竣工)が残る。建設当時は見渡す限りの湿地で、行き倒れの死体が無数に放置されていたため、縁起担ぎの「八卦」をイメージして建てられた建物は、上から見ると美しい正八角形をしており、終戦時には108店舗が営業していたという。

 他にも、台北に残る最古の日本式木造寺院である「旧日蓮宗法華寺」(1910=明治43=年完成)や、台湾開発に貢献した人物を祭るために建てられた和洋中折衷の「旧建功神社」(1928=昭和3=年創建)などの宗教施設や、大王椰子の並木が印象的な「旧台北帝国大学」(1928=昭和3=年開学)をはじめとする学校施設など、さまざまな分野の建物約200棟を網羅する。

 引き揚げ者や台湾の古老から提供された当時の写真なども添えられ、丁寧な解説で日本統治時代から現在まで、それぞれの建物が過ごしてきた歴史が語られる。

 中には、大正から昭和初期にかけて流行した商店建築で、戦前から現在まで続く手作り桶の専門店「林田桶店」など往時のまま現役で使われている建物や、一時は、廃虚と化したがリノベーションされてカフェや公共空間として蘇った個人の木造住宅などの名もなき民家や遺構も多数収録。 

 こうした建築遺産を見ることは「台湾を知るばかりでなく、『日本』を知ることでもある」と著者は言う。中には残念ながら、取り壊された建物もあり、台湾の地に日本人が残してきた建物に刻まれた歴史を後世に伝える貴重な史料にもなってくれるに違いない。

(ウェッジ 1800円+税)

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