「ステレオタイプの科学」クロード・スティール著 藤原朝子訳

公開日: 更新日:

 今年5月、米国ミネソタ州ミネアポリスで白人警官が黒人男性の首を圧迫して死亡させた。この背景には、「黒人だから――」というステレオタイプ思考があったことは確かだろう。相手の言い分を聞かずに一方的な思い込みで暴力を強行してしまう。ステレオタイプという鋳型に押し込んで相手の性質・動向を決めつけるのは人種問題に限らず、ジェンダー、セクシュアリティー、民族といったものにも適用される。

 本書は、「周囲からステレオタイプに基づく目で見られることを恐れ、その恐れに気をとられるうちに、実際にパフォーマンスが低下し、恐れていた通りのステレオタイプを確証してしまう」という「ステレオタイプ脅威」について考察したもの。「女性は数字に弱い」「白人は運動神経が鈍い」「黒人は知的レベルが低い」といったステレオタイプのスティグマ(社会的烙印)が実際にどのような影響を与えるのかを各種の実験によって実証していく。

 たとえば、「女性は数字に弱い」というスティグマを取り除けば、実際に成績が向上するのかを確かめるため、数学を得意とする男子学生と女子学生に高難度の問題をやらせる。すると、このテストが性差に関係すると知らされた場合には女子の成績は振るわず、性差に関係ないとあらかじめ伝えておくとその成績に男女差がなかった。同様に、黒人の学力に関するステレオタイプ脅威も条件を整えることによって取り除くことができることを実証してみせる。

 著者自身、アフリカ系アメリカ人として幼い頃からそうしたスティグマを抱えながらも著名な心理学者として活躍している。本書の原書が出されたのは2010年。最終章では、オバマ大統領の就任によって米国の人種分断が解消されることへの希望が語られているが、実際にはトランプ大統領が大きく後退させ、ミネソタ事件が起きてしまった。

 しかし、ステレオタイプの脅威は決して固定したものではなく是正できることを実証的に示した本書は、いまこそ読まれるべきだろう。 <狸>

(英治出版 2200円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    フジテレビ問題でヒアリングを拒否したタレントU氏の行動…局員B氏、中居正広氏と調査報告書に頻出

  2. 2

    “3悪人”呼ばわりされた佐々木恭子アナは第三者委調査で名誉回復? フジテレビ「新たな爆弾」とは

  3. 3

    「かなり時代錯誤な」と発言したフジ渡辺和洋アナに「どの口が!」の声 コンパニオンと職場で“ゲス不倫”の過去

  4. 4

    中居正広氏「性暴力認定」でも擁護するファンの倒錯…「アイドル依存」「推し活」の恐怖

  5. 5

    「よしもと中堅芸人」がオンカジ書類送検で大量離脱…“一番もったいない”と関係者が嘆く芸人は?

  1. 6

    菊間千乃氏はフジテレビ会見の翌日、2度も番組欠席のナゼ…第三者委調査でOB・OGアナも窮地

  2. 7

    入場まで2時間待ち!大阪万博テストランを視察した地元市議が惨状訴える…協会はメディア取材認めず

  3. 8

    米国で国産米が5キロ3000円で売られているナゾ…備蓄米放出後も店頭在庫は枯渇状態なのに

  4. 9

    うつ病で参議員を3カ月で辞職…水道橋博士さんが語るノンビリ銭湯生活と政治への関心

  5. 10

    巨人本拠地3連敗の裏に「頭脳流出」…投手陣が不安視していた開幕前からの懸念が現実に