「ひとの住処 1964―2020」隈研吾著/新潮新書/2020年
去年、上梓された本であるが、東京オリンピック・パラリンピック2020を総括する上で不可欠の作品だ。本書は、新国立競技場を設計した隈研吾氏による自伝的文明論だ。
隈氏は1964年の東京オリンピックと2020年(実施は2021年)の東京オリンピック・パラリンピックの間には価値観の断絶があると考える。1964年はコンクリートによる箱モノを追求する時代だった。それが2020年には日本の伝統建築と木材に回帰する時代になった。
隈氏は新国立競技場の建設にあたって「小ささ」にこだわった。
<大断面の集成材は、コンクリートの柱や梁と同じようなごついスケール感を持ち、この地味な時代の日本、地味さの中に新しい幸福を見付けようとする日本には、ふさわしくなく、新しい「国立」には適さない、と感じられた。さらに大断面集成材は、都会の大工場でしか生産できない。/僕らは全く逆の方向をめざすことにした。地方の小さな工場でも生産することのできる、断面寸法30センチ以下の小さな集成材を、工夫しながら鉄骨と組み合わせることで、この大屋根に、森の木漏れ日のような効果を与えるのである。細い材木をだましだまし組み合わせるのは、日本の木造建築のお家芸だ。30センチ以下の細い材木で構成された屋根は、見た目もやさしくて、繊細なものになる。無骨なコンクリートと鉄骨で組み立てられていた、20世紀の巨大なスタジアムとは対照的な空間を生み出したかった>
新国立競技場に関しては、コンクリートから木へという形で環境を重視する思想が貫かれている。今回のオリンピックの商業主義とは異質の概念で作られた競技場なのである。
隈氏は、日本人が戸建て住宅を購入し、ローンで一生縛られるような状況から脱却する必要があると考えている。そこで隈氏は猫の行動に興味を持った。猫にGPSをつけて行動を観察した。その結果、猫は箱モノに住み着くのではなく、さまざまな場所を適宜住処として用いていることがわかった。この猫の行動様式から新たな住居の形態を見いだそうとしている。 ★★★(選者・佐藤優)
(2021年10月1日脱稿)