「みんなケンジを好きになる」土肥美帆著
ケンジは、北海道・小樽のとある港町に暮らすボス猫。
体重8.4キロ、尻尾の長さも30センチの堂々とした体で地域の平和を守るべく、毎日のパトロールを欠かさない。そんなケンジの日常を発信する猫写真家のSNSから生まれた写真集。
漁師の家で生まれたケンジは、幼い頃はとても小さかったが、毎日サカナを食べて「なまら」大きくなった。
その巨漢に比例するようにハートもでかい。日課のパトロールの合間に、日なたぼっこをしながらついウトウト昼寝が始まり、浜に打ち上げられた海藻を頭にのせられても動じない(表紙)。
額の模様が往年のプロレスラー「ブッチャー」を連想させる大きな顔は、ちょっと見、コワモテだが、鼻の周りのちょびヒゲ模様が、なんともいえない愛嬌を醸し出し、性格も実に穏やか。
それゆえか、ケンジを知る浜の人々は、ボス猫を「襲名」したときには驚いたという。
浜にはもともと誰もが認める飛雄馬という伝説のボス猫がいた。しかし、体調不良による「隠居生活」へ。
メス猫のおっぱや、喧嘩が強いシロウが次期ボス猫の座を狙って名乗りを上げたが、人望ならぬ「猫望」があるケンジに白羽の矢が立てられたそうだ。そんなおっぱやシロウとの抗争(小競り合い、いやじゃれているだけかも)などのスナップも収録。
添えられた猫目線のコメントも楽しく、見ているうちにこちらの心も一緒に日なたぼっこをしているかのようにほどけてくる。これぞケンジのハートの大きさか。
愛されキャラのケンジには、実は秘密があった。
2020年の秋ごろ、ケンジに変化が起きる。朝帰りが目立ち始め、すすけていた毛並みも真っ白な「めんこい」猫に脱皮し始めたのだ。著者がケンジを尾行すると、ネコ道を通って住宅街のとある一軒の家にたどり着く。そこでケンジは、堂々たる御殿をつくってもらいブッチャーという名で暮らしていたのだ。おまけにユキちゃんというカワイイお嫁さんまでいた。
浜と住宅街の2つのテリトリーを行き来する二重生活が明らかになったケンジをさらに調べると、ブッチャーの他にも「おっさん」や「ドラちゃん」「ガンタ」「番長」など実に9つの名前を持ち、地域のアイドルとして多くの人をとりこにしていることが分かったという。
もちろん、人だけではなく猫にも人気のケンジは、ユキちゃんだけでなく他のメス猫からもモテモテ。そんなケンジの歴代彼女や、御殿でくつろぐ姿をはじめ、冬にマフラーを巻いて降り積もった雪景色の中をパトロールする姿など、四季折々のケンジをカメラは追う。
毎日ケンジの世話をしているお母さんいわく「猫を助けてるつもりが、本当は猫に助けられているんだ」。そんな小樽の港町で繰り広げられるケンジを中心とした地域猫と人との物語。ページが進むごとに、あなたもきっとケンジを好きになるに違いない。
(河出書房新社 1595円)