「博学者」ピーター・バーク著、井山弘幸訳
「博学者」ピーター・バーク著、井山弘幸訳
世の中には、なんでそんなことまで知っているのだろうと瞠目せずにはいられない物知りがいる。博識、博覧強記、博学多識、学識者、ゼネラリスト、生き字引(ウオーキング・ディクショナリー)などと形容されるが、本書では「多くの修養分野(ディシプリン)に精通した人間」を「博学者」と定義し、歴史上に登場した(15世紀から21世紀の主にヨーロッパと南北アメリカが対象)並はずれた知の巨人たちの群像を描いている。
古代ギリシャには、数学、音楽、運動理論など「莫大な知識をもつ」ピュタゴラス、政治理論から物理学、宇宙論、形而上学、博物誌と広範囲の論述を残したアリストテレスといった万能学者がいたが、博学者が一気に花開いたのは、大航海によって地理的世界が急速に拡大し「普遍的人間」が理想とされたルネサンス時代だ。レオナルド・ダ・ヴィンチをはじめとして、ペトラルカ、アルベルティ、ピコ・デラ・ミランドラらの万能人が輩出された。このあらゆる知識を知りたいという欲望は17世紀まで続き、ヴンダーカマー(驚異の部屋)という世界中の珍品を収集する博学的な施設も生まれる。
しかし、18世紀以降になると印刷技術や交通機関の発達により情報量が一気に加速し、いかなる知りたがり屋でもその消費が追いつかず、専門化が進行していく。博学者にとっては生き難い世の中になってきたわけだが、それ以降も彼らはしぶとく生き残っていく。ダーウィン、マルクス、フロイト、ローレンツ、ノイマン、フーコー、デリダ、エーコ、ソンタグ……。
そしてデジタル革命を迎えている現在もまた、博学者にとっては困難な時代である。日々、考えられないような量と速度で過剰に情報が供給されているため、情報を知識に変換する時間がなくなっているのだ。このデジタル時代に博学者はどのように生き、そして新生していくのだろうか。 〈狸〉
(左右社 4950円)