パリダカで日本人初の総合優勝 篠塚建次郎さんは今も現役
日々の楽しみは夫人との晩酌。日本酒やワインを楽しむ。仲がいいなあ。
「いや、ケンカはしょっちゅう、ハハハ。仲がいいのは義弟の友和クンのところ。結婚して一度もケンカしたことがないんだもん。(百恵さんは)気さくで優しい、普通の主婦。ウチと友和クンの家はよく行き来しててね。料理をお互い持ち寄って食べたりしてます」
ウラヤマシー!!
■タッグを組んだ夏木陽介さんの死に「寂しい」
さて、篠塚さんは東海大工学部在学中、三菱自動車のチームにスカウトされ、大卒後はサラリーマンドライバーに。1年目から活躍し、86年にはパリダカ初参戦。翌87年に総合3位に入った際は、NHKが連日報道し、一躍知られるようになった。97年、ついに日本人初の総合優勝を果たす。
「02年に53歳で退社するまで社員でしたから、給料は一般の社員と同じ。それでも走るのが好きだからいいや、っていう感じでした」
その篠塚さんとパリダカでタッグを組んでいたのが、1月に腎細胞がんで死去した俳優・夏木陽介さん(享年81)だった。