<54>オレに街を100mも歩かせたら写真集が一冊できちゃう
世田谷の豪徳寺に2011年の暮れまで30年間住んでたんだよ。豪徳寺は、お寺があっていいんだよね。夕方になると、ゴーンと鐘の音がしたんだよ。オレは、“ウィンザースラム豪徳寺”って呼んでたんだけど、そのマンションを取り壊すことになったから引っ越したんだ。馬鹿だよね、あのマンションを壊すなんてさ。
この写真は、家から駅に向かう途中で撮った名作ね。(小田急線)豪徳寺の駅の近くなんだけど、子どもたちが遊んでて、こっちからはサラリーマンが来るでしょ。ベビーカーを押す母親だろ。階段を降りてくる親子、奥さんたちが世間話してて、自転車に乗ったヤツが通りすぎていく。いいねぇ~。これはもう、バルテュス(画家)が完全に頭のどこかにあったんだね。人の散らばり具合。いろんな人がいて、それぞれの人生があって、街で混ざり合う。
■もたもたしてちゃ駄目
オレはよく言ってたんだけど、写真家の最低条件のひとつは、いま自分に見えてる場面をとっさの反応でフレームインさせて、シャッターを押すっていうことなんだね。もう、それだけだって言ってもいいくらいなのよ。そういう所作っていうかさぁ、そうすれば、いい状況で向こうが入り込んできてくれるわけですよ。要するに素早いこと、だね。通り過ぎてく状況に対しての素早い所作があるだけでいいのよ。それが写真家の、最初の、基本的な条件だね。もたもたしてちゃ駄目なの。もたもたしてるうちに状況は通りすぎちゃったりするじゃない。人と人のぶつかり合い、それぞれの人生が街で混ざり合う。みんな個人だっていうときの一瞬の反応はさぁ、とっさでなきゃとらえられないんだよ。