<93>通夜の後、喪主の早貴被告は寿司桶をきれいに平らげた
本来なら喪主の早貴被告は皆のところを回ってねぎらいの言葉のひとつでもかけるのが常識であろうが、彼女は全くそのようなそぶりすら見せずに大下さんと笑いながらおしゃべりをして、目の前の寿司にせっせと箸を伸ばしていた。
ヒゲのMもそしてSも遺族に対して挨拶をするわけでもなく、2人とも70歳近くの年配者なのに社会的常識すらないのだと、私は密かにあきれていたが、注意をする気持ちすら起きなかった。
「吉田さんには本当にお世話になったなぁ。ありがとうございます。幸助も喜んでくれるとちゃうんかな」
お兄さんから頭を下げられた。
「そうそう、幸助さんが亡くなったのを教えてくれたのも吉田さんですから、お世話になりました」
妹さんも頭を下げた。
「いえ、私は社長にお世話になりましたので当たり前のことです」
従業員たちは遺族と言葉を交わし、妹さんは若い従業員にビールをついでいた。まだこの時点では、兄夫婦も妹さんもドン・ファンの死因を知らなかった。