牧野、西園寺らは摂政宮を育て「君民一体の国家」目指した
![牧野伸顕(右)と西園寺公望は大正天皇を乗り越える天皇像を考えていた(国立国会図書館所蔵画像/共同通信イメージズ)](https://admin.nikkan-gendai.com/img/article/000/262/301/923406666a6972330bfa8e098607a1f120190925141858687_262_262.jpg)
一口に「摂政宮」と言っても、その位置には多様な考え方があった。ひとつは摂政宮の座についた人はすべからく、大正天皇に与えられている全ての権限をそのまま行使するといった考え方だ。大正天皇の代行である。
これとは別に、摂政宮についた人物(この場合は皇太子になるわけだが)の持つ…
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