元川悦子
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元川悦子サッカージャーナリスト

1967年7月14日生まれ。長野県松本市出身。業界紙、夕刊紙を経て94年にフリーランス。著作に「U―22」「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年 (SJ sports)」「「いじらない」育て方~親とコーチが語る遠藤保仁」「僕らがサッカーボーイズだった頃2 プロサッカー選手のジュニア時代」など。

【新国立競技場】総工費1600億円、年間維持費24億円の中途半端な巨大施設の今後を憂う

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新国立競技場

 男子マラソン大迫傑(ナイキ)が6位入賞を果たし、決勝に挑んだ女子バスケットボール日本代表がアメリカに善戦しながら銀メダルに終わった8月8日、東京五輪最終日。

 台風10号が遠ざかり、晴れ間も見えてきた夕方の東京・国立競技場(新国立)周辺は、閉会式ムードを味わおうという多くの人で熱気を帯びていた。

 7月22日の開会式に比べると人出は少ないものの、警備体制だけは強化されていた。開会式の時は近付けた五輪モニュメント付近は立ち入り禁止ムードが漂い、近隣道路は物々しい空気に包まれていた。

 コロナ禍で一般人を除外した形で行われた五輪のメイン会場。その未来はどうなるのだろうか。

 3週間近く続けてきた「五輪の現場回り」も、この日がラスト。開会式当日、五輪反対派と肯定派が大合唱が繰り広げていたJR千駄ヶ谷駅にまず降り立った。

 五輪終了間際ということで、さすがに反対派の姿はなし。肯定派男性が関係者への感謝を拡声器ごしに切々と語っていた。

 明治神宮外苑聖徳記念絵画館のあたりが、陸上競技のアップゾーンになっていると聞いていたので近づいて確認しようと思ったが、信濃町方向に通じる道は立ち入り禁止。かなり大回りすることになったが、外苑東通りから内側には入れずじまい。結局、絵画館エリアの様子は見られなかった。

 仕方ないので南下して青山一丁目交差点に出ると、青山通りが完全通行止めになっている。路肩には警備車両がこれでもか! というほどズラッと並び、目につくのは警官ばかり。「そこまで警戒しなければいけないのか……」と疑問が湧いてくる。

 さらに外苑前から目的地の新国立に向かうと、秩父宮ラグビー前で足止め状態。「午後3時半頃からこの状態です。五輪モニュメントのところは朝から警戒態勢ですよ」と報道関係者が言う。

「緊急事態宣言下なんだから外出自粛しろ」「密回避は当たり前」という批判はあるかも知れないが、せめて開会式当日同様、一般客に写真くらいは撮らせてもいいのではないか……そんな感情が脳裏をかすめた。

「閉会式の花火」目当てに昼から人だかりも

 次に名物ラーメン店・ホープ軒のある新国立の西側に回ってみると、そこにも写真目当ての人だかりができている。「撮影したら立ち止まらないで」「歩道を空けてください」と警官がしきりに警告を発する傍ら、カメラ片手にガードレール側に寄って動かない人が相当数いる。その中の1人に声をかけると「閉会式の花火を撮影したくて午後3時過ぎから場所取りしてるんです」と言う。午後8時のスタートまで5時間もあるが、じっと待ち続けるのだという。

 こういう熱心な人たちもいるのだから、コロナ感染対策を取りながら人数を絞った有観客開催は実現できなかったのか。普段、有観客のJリーグを取材している身としては、どうしてもそこは納得いかない部分だった。

「五輪と個別競技のイベントは違う」という言い分も分かるが、日本代表の森保一監督がコメントした通り、プロ野球とJリーグは1500試合以上を有観客試合を実施し、コロナ陽性者を出していないというデータを保有している。

 そのエビデンスが五輪に生かされなかったことに対して、スポーツに携わる関係者の1人として力不足を感じた。

 これを機にスポーツ観戦機運が低下しかねないのも気掛かりな点。「生観戦は怖い」「映像で見ればいい」という感覚の人が増えるとプロスポーツの興行は立ち行かなくなる。「五輪が面白かったからサッカースタジアムに足を運びたい」という人が増えるように、我々も働きかけたいものである。

新国立競技場はマイナス面だらけ

 同時に不安視されるのが新国立競技場の先行きだ。総工費1600億円、年間維持費24億円という巨額投資を回収していくのは至難の業。政府は新国立の運営権を民間に売却する「コンセッション方式」を採用。公募で運営事業者を決め、2022年後半以降、民営による使用開始を目指すという。

 とはいえ、冒頭で触れた通り、今回の東京五輪では絵画館付近を陸上のアップゾーンにしなければならなかった。つまり、ここには補助競技場がないのだ。そうなると第一種公認を受けられず、世界陸上などの世界大会も開催できない。そこはかなりのマイナス面だ。

 サッカースタジアムとしても欠陥がある。それはアウェー側のゴール裏にマラソンゲートがあること。1階席の応援が分断されるため、一体感ある空気を作りづらいのだ。

 2020年元日の天皇杯決勝・神戸ー鹿島戦は5万7000人超の大観衆で埋まったが、アウェー側の鹿島は明らかに不利。案の定、敗戦を喫した。「ゴール裏を作り直さなければダメ」とベテラン記者も苦言を呈していたが、これは大きな問題点と言っていい。

 かといって、コンサートをメインにしたくても屋根がなく、天候に左右されやすい。「陸上とサッカーやラグビーといった球技、コンサートなどのあらゆるイベントを網羅しようとする中途半端な施設」をどう使っていくのか?

 これは本当に頭の痛いテーマ。高額になるであろう使用料を含め、課題山積なのだ。

 8月24日~9月5日にはパラリンピックが実施されるため、議論はその後になる。祭典後の現実はやはり厳しい。最善の方向性を探っていくしかないのだが。

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