「何て言ったって日本酒はうますぎる!」酒豪・錦木も及ばない先人たちの飲みっぷり
「力士は日本酒だ」と言いながら…
「柏鵬」が2人で飲めばウイスキー5、6本は楽に空けたという。大鵬は場所中でも朝まで飲むことがあったそうで、柏戸は親方になってから入院中の病室に酒瓶を持ち込み、「ベッドの下に隠してたら医者に見つかって叱られたよ」と豪快に笑った。
「栃若」の栃錦は有名な甘党だったが、若乃花は健啖家でもあり、若秩父と2人で博多の屋台を3軒、酒も肴も空にしたという。
師匠としては弟子に「ウイスキーは腰が軽くなる。力士は日本酒だ」と言いながら、自らはウイスキーが多かった。なぜかと聞いたら、しゃがれ声できっぱり言った。
「そりゃあ、何て言ったって、日本酒はうますぎる!」
日本酒だと飲み過ぎるから、仕方なくウイスキーを飲んでいたという。80歳近くなって近況を聞かれると「体にも気をつけとるんだが、どうしてもコレやってコレするでしょ」と、杯と箸を上げるしぐさをしたものだ。
■双津竜は茅台酒をしこたま飲み…
往年の酒豪伝説はほとんど日本酒かウイスキーだが、1973年の中国公演では双津竜があの強い茅台酒をしこたま飲み、周恩来首相がたまげたといわれる。周りの親方や力士が先に酔ってしまったため、どれだけ飲んだかは定かでない。
「錦木」のしこ名は、同じ岩手県出身で1800年代初めの大関に由来する。風貌も相撲っぷりも古風だが、酒に関しては今風に「焼酎」をメインに、力士にしては「適度」の範囲で飲んでいるように見える。
酒で寿命を縮めた人たちを大勢見てきたせいもあって、今ではむちゃをしない力士や親方がほとんど。先人を超える新たな伝説は生まれそうにないが、錦木が土俵上でまだまだ自分の限界を伸ばし、新たなページをつくれば、好角家の方が大相撲を肴に楽しい酒を飲める。秋場所は新三役として登場しそうだ。
▽若林哲治(わかばやし・てつじ)1959年生まれ。時事通信社で主に大相撲を担当。2008年から時事ドットコムでコラム「土俵百景」を連載中。