「晩夏光」池田久輝氏
<選考委員満場一致の期待の新星>
第5回角川春樹小説賞受賞作品。「センチメンタリズムを描ききる力を感じた」(北方謙三氏)、「香港という街の匂いがひしひしと伝わってくる」(今野敏氏)など、選考委員であるハードボイルドの重鎮たちをうならせ、満場一致で決定したという。香港を舞台に描かれたハードボイルド群像劇だ。
「これまで、短編は何度か書いたことがありましたが、賞に応募しても落選していました。今回、1年ほどかけて書いた初めての長編小説を認めていただき、驚きとともに喜びを噛みしめています」
主人公の新田悟は、香港の裏社会の組織で陳小生(チヤンシウサン)の“足”として働いている。この地には、観光客を標的にした「スリ」と、その盗品を売りさばく「露店」、そして盗品を回収して持ち主に返すことで謝礼を得る「回収」という3つのグループが共存していた。あるとき、新田と同様に陳の下で働いていた劉巨明(ラウゴイミン)が、何者かに射殺されるという事件が起こる。
「ミステリー小説を書いていた頃もあったんです。しかし、謎解きやトリックよりも、人間を深く掘り下げて描く方が書いていて面白いと感じるようになってきました。ハードボイルド小説は反道徳的な部分にばかり目が行きがちですが、男たちの生きざまが描かれる群像劇の要素も大きいと思うんです。今回の作品も、主人公は新田という男ですが、彼を通して香港の裏社会に生きるたくさんの男たちを俯瞰しながら、それぞれのキャラクターを丁寧に描くことを心がけました」