中山七里 ドクター・デスの再臨

1961年、岐阜県生まれ。2009年「さよならドビュッシー」で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。本作は「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「ハーメルンの誘拐魔」「ドクター・デスの遺産」「カインの傲慢 」に続く、シリーズ第6弾。

<28>レコーダーは世間の耳でカメラは目

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 どれだけ評判が悪かろうが、同じ場所に居続けるには実績と評価が必要だ。宮里がレポーターとして重宝されているのは、相手から本音を引き出す術に長けているからだろう。その目的のためなら、宮里は自分が殴られてもいいと考えているフシがある。相手に暴力を振るわれたらインタビュアー側の立場が強くなり、相手は意のままになる。

 方法がどうであれ、目的のためには手段を選ばない姿勢は見上げた根性だと感心する。犬養もそういうプロフェッショナルは嫌いではない。

 しかし時と場合による。

 いざとなれば犬養は足が速い。普段ゆっくり歩いているのは、カロリーと持久力が必要になる場合に備えているからだ。みるみるうちに富秋たちとの距離が縮まっていく。

「犬養さんっ」

 背後から明日香が呼んでいるが速度を緩めるつもりは毛頭ない。富秋が宮里に危害を加える前に制止させなくてはならない。報道側の自由にされては捜査の邪魔になる。

 もちろん、それだけではない。家族を失った者が無責任な第三者に翻弄されるのを見ているのを、これ以上我慢できなかった。

 富秋と宮里まではあと十メートル。

「お前たちは遺族のことを何だと思っているんだ」

「遺族だと思ってますよ。でなきゃ、あなたや娘さんにマイクやカメラを向けたりしません」

 肩を掴まれても宮里は挑発をやめない。あくまでも富秋を焚きつけるつもりだ。

「長山瑞穂さんの安楽死はもういち家庭の話じゃありません。要介護の家族を抱えた家庭全ての問題になっています。ご主人は全国の同じ境遇にいる家族たちにメッセージを発信する義務があるんですよ」

 ひどく傲慢な物言いだが、宮里はこれも計算ずくだろう。社会の公器を標榜していれば少なくとも体裁だけは整えられる。質問内容が下品極まりない時にインタビュアーがよく使う美辞麗句だ。

「よその家のことなんて知るか」

 富秋は片手を拳にしたまま、辛うじて理性を保っているようだ。しかし既に限界が見えている。

「あんたこそどうなんだ。あんたにだって親もいれば兄弟もいるだろう。我が身に置き換えて考えようとは思わないのか」

「いちいちそんなことは考えていません。仕事の邪魔だから。いいですか、このレコーダーは世間の耳でカメラは世間の目です。向けられたら答えるのが義務ですよ」

「知るか」

「長山さんも他人が不幸になるニュースは興味を持って見聞きするでしょう。それが自分の段になったらだんまりを決め込むなんて虫が良過ぎると思いませんか」

 (つづく)

【連載】ドクター・デスの再臨

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