「江戸の検屍官 北町同心謎解き控」川田弥一郎著
いまでこそ検屍官を主人公としたドラマやミステリーは数多くあるが、その嚆矢ともいうべき作品といえば、パトリシア・コーンウェルの「検屍官」(原著1990年、邦訳92年)だろう。女性検屍官ケイ・スカーペッタを主人公とするこのシリーズは現在24作を数えるロングシリーズになっている。
その後さまざまな検屍官が登場するが、本書は江戸時代の検屍官という極めてユニークな設定だ。
【あらすじ】北沢彦太郎は北町奉行所定町廻り同心、検屍の精密さにかけては並ぶ者がいないという検屍のプロ。医者でもない彦太郎がなぜそんな精密な検屍ができるのかといえば、検屍の方法と注意点が細かに記された手引「無冤録述」(元をたどれば13世紀に中国で成立した世界最古の法医学書「洗冤集録」)があるからだ。さらに蘭学にも詳しく推理力にもたけた医師の玄海の協力を得て難事件を解決していく。
深川の蝋問屋の勘右衛門に囲われていた元芸者のおみねが畳の上で死んでいた。見たところ外傷はなく毒を飲んだ形跡もない。玄海に言われて腹部に煎じ薬を塗ってみるとそこには殴られた傷痕が浮かんできた。
容疑者は勘右衛門、おみねの情夫・千吉と役者の長次郎の3人。浮かんだ傷の大きさと3人の拳の大きさを比較して犯人を特定するのだが、実はこの事件にはさらなる謎が隠されていた……。
【読みどころ】解剖ができない時代にいかに「科学的」な検屍を行うかが本書の読みどころだが、そこに一役買うのが、話を聞いただけで本物そっくりに似顔絵を描く絵師お月で、18歳の若さでSMまがいの危な絵を描くという特異なキャラだ。
著者には、他にも平安時代、中国の宋の時代の検屍官を主人公にしたものもある。<石>
(祥伝社 681円)