「つるかめ助産院」小川糸著
現在、出産する場所というと、産科専門病院あるいは総合病院がほとんどだが、70年前の1950年には約96%が自宅・助産院(助産所)での出産だった。2014年における助産院出産は0・8%、自宅出産は0・2%、合わせてわずか1%にすぎない。いまや助産院や自宅出産は時代遅れといえるかも知れないが、助産院や自宅出産を望む人も少なからずいる。病院一辺倒でなくもうひとつの出産のツールを持つことは、価値の多様化の意味でも必要だろう。本書は、南の島にある助産院を舞台にした物語だ。
【あらすじ】まりあは28歳。都会の片隅の小さなマンションで夫の小野寺君とつましく暮らしていた。ところが1カ月半前、小野寺君は忽然と姿を消してしまった。勤め先も辞め、彼の実家にも連絡がないという。なす術もない中、思い浮かんだのが、彼と一緒に行ったことのある南の島だった。
あの島に行けば会えるかも知れない。島に着き、あてどなく歩いていると、声をかけられた。この島でつるかめ助産院を経営している鶴田亀子だ。驚いたことに、会ったばかりなのにまりあが妊娠しているのではないかと言う。調べてみると亀子の言う通りだった。
最初は戸惑ったまりあだが、助産院を手伝いながらこの島で子供を産む決意をする。2歳まで乳児院で育ち、養父母ともしっくりいかず夫にも去られて不幸のどん底にいると思っていたまりあだが、亀子をはじめとする助産院のスタッフや、懸命に新しい命を生み出そうとする産婦たちの決して順当でない境涯を知るにつれ、徐々に自分が生かされている意味を理解していく――。
【読みどころ】ゆったりとした時間が流れる南の島で、新たな命を生み出す感動的なドラマがくり広げられる。 <石>
(集英社 693円)