「データ・ボール アナリストは野球をどう変えたのか」広尾晃著/新潮新書(選者:中川淳一郎)
ワールドシリーズのお供に ここまで進化したデータ野球
MLB関連の中継やニュースを見ると、「大谷翔平が打ったホームランの速度が190キロで、打球角度は22度」といった描写がされる。また、OPS、WARといった数値も頻繁に登場するが、これらデータを重視することがいかに野球で勝利するためには重要か、そして選手の評価の参考になるかがよく分かる。
本書を読むとなぜMLBがこれほどまでに打球速度・角度・出塁率・本塁打・奪三振数.1イニングあたりの走者数などを重視し、データを制する者が勝負に勝利するかの理解が深まるだろう。
本書は野球界におけるデータの重要性の歴史と本当に重要な指標の現状に加え、野球におけるデータ提供・分析が一つの巨大な産業になっている実例を多数挙げる。
前半では、日本におけるデータアナリストの歴史が紹介され、実名で登場するアナリストの貴重な証言が多々紹介されている。「ラプソード」など球の弾道を分析する機器などが各球団に導入されており、昔ながらの根性論ではなく日本もデータ重視になっている最前線が描かれる。
後半では、総年俸が安いのに「勝てるデータを持つ安い選手」を集め、2000年から4年連続ポストシーズンに進んだアスレチックスの例を紹介。「マネー・ボール」の考え方や「セイバーメトリクス」といった指標について解説する。
現在のデータに関する考え方は、ビル・ジェームズというアナリストが提唱したものがベースにある。打者にとっては「得点に結びつくプレー」が重要で、投手・野手は「失点を少なくするプレー」が重要なのだ。打者にとっては「運」の要素が強い「打点」は考慮せず、「本塁打」のみを重視する。塁に出るという意味において、安打1本も四死球も同じため「出塁率」が重要とされる。
まさに2023年の阪神が当てはまる。岡田彰布監督は、四球を重視。4番・大山悠輔は打率.288ながら99の四球を選び、出塁率はセ・リーグ1位の.403だった。だからこそオフには1.3億円の年俸が2.8億円まで上昇し、今シーズンのFA市場の目玉となっている。
現在アメリカで重視されている数値はOPSに加え、RC(打者のあらゆる指標を組み合わせた「総合指標」)というものがある。そして、投手においてはWHIPよりもK/BB(奪三振÷与四球)の方が重要といった指摘もする。
ワールドシリーズ観戦のお供になる本だが、データだけでなく夢を与えてくれる側面もある。
野球の能力がない人間でもアナリストとしての能力があれば、NPBやMLBで活躍できる、ということを具体例を通じて紹介してくれているのだ。 ★★半