「冤罪を追う」鎌田慧著/皓星社(選者:佐高信)
トヨタ自動車工の闇暴いた著者は「袴田事件」をどう見たか
「冤罪を追う」鎌田慧著/皓星社
先ごろの自民党総裁選の9人の立候補者の中で、女婿の加藤勝信を含めれば5人が世襲議員だった。これが自民党の劣化の大きな原因だが、この国の会社のトップの世襲も異常なのに政治家の世襲ほどには問題になっていない。しかし、たとえばトヨタの会長の豊田章男が同社のさまざまな歪みを増幅させていることは隠しようがないのである。そもそも、株式を公開している会社のトップがなぜ代々創業家の人間によって占められているのか。
ルポライターを名乗る鎌田の代表作は、刊行直前に「トヨタ絶望工場」から「自動車絶望工場」に題名が変わった。最初の版元の現代史出版会に圧力がかかったからである。
トヨタに実際に臨時の季節工として入り込み、その過酷な実態をルポしたこの作品は、「JAPAN IN THE PASSING LANE」と題してアメリカで翻訳された。その時、長い序文を寄せたロンドン大学教授のR・ドーアは、序文を書くために、鎌田が書いたような季節工と長時間の時間外労働が現在どうなっているのか教えてくれとトヨタに手紙を出した。
するとすぐにトヨタの中間管理職が飛んできて、「尊敬すべき大学者であられる先生が、どこの馬の骨ともわからぬひねくれ者があのような口汚い言葉で書きつらねた本に関係されるとは残念です」と言ったという。
ドーアはこの経緯をそのまま序文に書き、トヨタは全世界に恥をさらした。
その鎌田の「現代の記録」と題したセレクション(選集)が刊行され始めた。第1巻がこの「冤罪を追う」。もちろん、死刑台から生還した袴田巌についても書いてある。姉の秀子が弟のことを「身体は解放されたけど、こころは獄中のまま」と語る。
1966年の誤認逮捕から48年経って自由の身となった巌を診断した医師は「これだけ死刑囚として長く拘禁されていたのは日本だけだ」と怒る。
鎌田によれば、静岡地裁の裁判官が「奴隷の言葉」によって書いた「死刑判決」が高裁や最高裁をそのまま通り抜けてしまったのである。それを悔いた地裁の元裁判官、熊本典道が鎌田の問いに「新聞等が連日、『極悪非道』と決めつける。むちゃくちゃですよね」と答え、裁判長が無罪から変わった理由について「それからテレビ、ラジオ。裁判官が朝昼晩まじめに見るでしょう。影響がないといえば嘘です、絶対」と解説している。ちなみに、「自動車絶望工場」は第5巻に収録予定である。 ★★★