“電波少年”は企画次第で視聴率が取れる革命的な番組だった
超人気番組電波少年だが、もともとは約2カ月の期間限定“つなぎ番組”だったそうだ。
「スタッフは『じゃあ2カ月だけやりたい放題やって終わろうぜ』という、ある種の開き直りみたいな気概を持っていました。演出の土屋(敏男)さんにとっては、“やりたいことの実験場”だったはずです。あれをやったらどうなるんだろう?これやったらどうなるんだろう? これってやったら怒られるかな? など、スタジオの待ち時間では、いつもそんな冗談を語りあっていました」
■“アポなし”という大鉱脈
次第に冗談は冗談ではなくなり、実現するものとなった。わずか2カ月で終わるはずのこの番組は、名前を変えながら、10年続くことになったのだ。
「電波少年の強みは、断られたロケでも、成立させてしまうことです。それまでのテレビならば、取材先で断られたらそれで終わりです。ところが電波少年は、その断られたVTRにも、ナレーションやテロップをつけてオンエアしてしまうのです。『え、これでいいんですか?』『渋谷の少年たちに松村が拉致され、それで終わりなんですか?』とか、何度かスタッフに真剣に聞いたことがあります。どっちに転んでも番組として成立させてしまう。そんな番組はそれまで見たことがありませんでした」