有馬記念で思い出す人生の分岐点…無断欠勤して東京に出奔
青信号になった時、若生君は左折を選択。そうお店に行くことを諦めたのです。当時、まだ携帯電話のない時代。ファストフード店に入るとコーヒーを注文し、たばこを吸いながら気を落ち着けようとする若生君。お店に置いてあった日刊スポーツに目を向けると見出しには有馬記念の文字が。
「今年は競馬もまったく出来なかったなぁ、そうだ! 東京行って有馬記念を買おう」。車を東京に向けて走りだしそれから6日間放浪と散財、そして無断欠勤及び失踪。有馬記念を終えて再び長野の自宅に帰ってきたのは日曜日の夜10時。自宅の固定電話には36件の留守番電話が。20分後店舗に出頭し退社を申し出た時にはまだ、その1カ月後落語家になることは知るよしもなかった若き日の鬼丸誕生プロローグです。