乗り物には一切乗れず…比企理恵さんがパニック障害を語る
「そんなはずはない」と思っても、舞台は待ってくれません。そのうちに気持ちがどんどん暗くなり始め、自分でも不安になったので、スタッフに「私おかしい。あと2カ月も舞台、もたないかもしれない」と相談しました。すると「心療内科」を勧められたのです。
そこで「パニック障害」という病名は分かりました。でも、なんであれ、まだ2カ月は舞台を休めない。それを医師に告げると、今では考えられませんが、睡眠導入剤や精神安定剤など、4種類ほどの薬を両手に提げるほど大量に出してくれたのです。
「これで助かるかも」と希望を持ちました。ところが、そこから症状がさらに悪化したんです。動悸は治まらない上に、閉所恐怖症になり、乗り物に一切乗れなくなりました。エレベーターでもタクシーでも、「扉が閉まったら、一生開かないんじゃないか」と思っちゃうんです。
だから、地方から新幹線で帰ってくるときは大変でした。乗る前は「大丈夫、3時間後には必ず東京に着く」と自分に懇々と言い聞かせ、いざ扉が閉まった後は、死ぬほど苦しい心臓のバクバクと闘いました。時間が経つと少しは治まるのですが、途中の駅で扉が開くたびに「ほら、また開いたでしょ。大丈夫」と自分を励ましながら乗り切りました。一番ひどいときは山手線にさえ乗れませんでした。あんなに頻繁に扉が開くのにね(笑い)。