袴田巌さんの姉ひで子さんに聞く 58年間“見えない敵”と闘い続けた不屈の精神の源泉は「ガムシャラ」

公開日: 更新日:

毎月の面会は「見捨てていない」というメッセージ

 ──59歳で借金を背負い、マンションを建てたのはどうしてですか。

 巌のことで希望が持てず、私の人生、このままじゃつまらない。自分で何かをしなきゃ、生きる希望をつくらなきゃと思い、将来、家賃収入で生活する計画を立てた。会社の倉庫の2階に住み込んで働き、18年でローンを完済。マンションに入居できたのは79歳の時、巌が帰ってくる2年前のことです。当時は巌が拘置所から出てくるなんて思ってもいなかった。気を紛らわせる意味もありました。

 ──1980年、最高裁で上告が棄却され、死刑が確定した際には仲間が敵に見えたと。

 なんだか理由は分からなかったけど、弁護士や支援者といった味方も全てが敵に見えた。それぐらい残念だった。拘置所に行って巌に「こうなったら何でもやろう」と伝え、そこで開き直った。逆境に追い込まれると強くなる。つらくても負けることはありません。「何クソ、負けるもんか」って歯向かいます。無実だから絶対負けない、それが当たり前だと思って闘ってきました。

 ──弱音を吐くことはなかったのですか。

 性格的に泣き言を言うのは嫌いなの。恨めしいとか、悲しいとか、一切言うまいと思ってガムシャラに生きてきた。言ったってしょうがないでしょう。話を聞いてくれた方が困っちゃう。負担になるのが嫌なのよ。相手に負担をかけるよりも自分が我慢する。こういう状況に置かれてからなおさら、そう考えるようになりました。

 ──親孝行だと思って巌さんを支えたそうですね。

 母親は「巌はダメかいねえ」「巌はダメかいねえ」と、うわ言のように繰り返し、死刑判決の2カ月後、68歳で亡くなりました。私たちはきょうだいだから我慢できるけど、巌を産んだ母親はどんな思いだったのか。私はロクに親孝行をせなんだ。母親のつらさ、悲しさ、苦労を見ていたから「ここらでひとつ、親孝行するか」って乗りかかったの。ほとんどの裁判に行っていた母親が、ある時、「ひで子、今日、裁判所で知らないおじさんが『この裁判はおかしいね』って声を掛けてくれたの」ってうれしそうに電話をしてきた。その言葉が今も耳に残っています。

 ──心が折れそうになったことは。

 一切ありません。こんな理不尽なことがあるか、と思っていたから。いつかどこかで分かってくれる人がいると信じていた。初めの頃は「なんで、うちだけこんな酷い目に遭うんだろう」って思ったこともあった。昔は警察に取り調べられると、それが息子であっても縁を切るとか、「あんなもん、うちの息子じゃない」と言って見捨てちゃうの。真実も分からないうちに切り離して見捨てちゃう。だから冤罪が増える。でも、うちの場合は「そうはいくか」ってね。

 ──どれくらい拘置所に面会に訪れたのですか。

 初めの10年間は半年に1回、その後の30年間は毎月行っていた。そのうち拘禁症状がひどくなり、本人が面会を拒否するようになった。死刑確定から約7年の間に会えたのは1回きりで、それも時間は1分間ほど。でも行かなきゃ、本人と連絡取れません。手紙出しても読むわけじゃない。「姉さんが来たよ」って伝えてもらっても、「姉さんいない」って拒否する。完全におかしくなったわけじゃないから、どこかで私だって分かってくれるはず。そう思って、「家族は見捨ててないよ」っていうメッセージを送るために、会えなくても何度でも通いました。

 ──いつも笑顔で明るく、前向きですね。

 意識はしてません。巌が拘置所にいた頃はおっかない顔をしていました。集会に行ってもニコリともせずに言いたいことを言っていた。それまでの30年間は精神的にも外に出て笑うどころじゃなかった。10年前、巌が拘置所から出てきて変わった。巌と生活するには明るくしないと。暗い顔をしていたら巌の病気も治りゃせん。つまらないこと考えたって何も解決しないのよ。それより、ニコニコしてりゃあ、いいことが舞い込んできます。

 ──残りの人生をどう楽しみますか。

 2人とも余命いくばくもないんだけど、巌もせっかくシャバに出てきたんだから、もう10年ぐらいは頑張って生きてもらわないと。欲をかいてもしょうがないけど、私もやりたいこと、やることはまだいくらでもあります。性格的にジッとしているのが好きじゃないので、再審法の改正や冤罪被害者の救済にも極力協力していくつもりです。まだ終わりじゃない。まだまだこれからですよ。

(聞き手=滝口豊/日刊ゲンダイ)

▽袴田ひで子(はかまた・ひでこ) 1933年、静岡県生まれ。6人きょうだいの下から2番目。中学卒業後、地元の税務署に就職。13年勤務ののち民間の税理士事務所に転職。事件後は食品会社で経理を担当し、その後、弁護団の法律事務所で81歳まで現役で勤務を続けた。

最新のライフ記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • 暮らしのアクセスランキング

  1. 1

    医療事故マンガ「脳外科医 竹田くん」がSNSで急拡散 モデルと指摘される病院を直撃すると…

  2. 2

    「かわいそうな日本の老人」…訪日した中国人がタクシー運転手にギョッとするわけ

  3. 3

    悠仁さまに早くも浮上する筑波大卒業後の進路…宮内庁が視野に入れる“次のシナリオ”

  4. 4

    大阪万博“一事が万事”のグタグダ感…「巨大リング」再利用に暗雲、広報体制すらままならず

  5. 5

    斎藤元彦知事は“無双”から絶体絶命に…公選法違反疑惑で刑事告発した上脇教授と郷原弁護士に聞いた

  1. 6

    医療事故マンガ「脳外科医 竹田くん」の描写は“ホンモノ”だった! SNSで告発→医師が在宅起訴へ

  2. 7

    故・小倉智昭さんが語っていた「副業の苦労」と「老後の後悔」…シニアの起業の注意点とは

  3. 8

    年収の壁123万円で1万円ぽっちの減税より「食料品消費税ゼロ」でしょ!「食料品に8%は世界一高い」と識者

  4. 9

    悠仁さまのお立場を危うくしかねない“筑波のプーチン”の存在…14年間も国立大トップに君臨

  5. 10

    秋篠宮家の“迷い”に疲弊する宮内庁職員の嘆き…筑波大まで通うのか宿舎に入るのかで異なる警備問題

もっと見る

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    西武再建に“身売り”という選択肢は?《今の球団上層部は野球を知らず興味もない》悲惨な現状

  2. 2

    中居正広“女性トラブル報道”で…ソフトバンクがテレビ局にCM差し替え通達情報 同社に見解を聞いた

  3. 3

    巨人元バッテリーコーチがFA甲斐拓也獲得を悲観…「人的補償で未来の大切な戦力を失いかねない」

  4. 4

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  5. 5

    キムタクと9年近く交際も破局…通称“かおりん”を直撃すると

  1. 6

    中居正広“9000万円トラブル”で番組窮地…「今でも許せない」告発女性が反撃の狼煙

  2. 7

    松本人志は勝訴でも「テレビ復帰は困難」と関係者が語るワケ…“シビアな金銭感覚”がアダに

  3. 8

    佐々木朗希の「独りよがりの石頭」を球団OB指摘…ダルやイチローが争奪戦参戦でも説得は苦戦必至

  4. 9

    佐々木朗希の「暇さえあれば休む」スタンスをチームのために体を張る大谷翔平は良しとするのか

  5. 10

    女優・吉沢京子「初体験は中村勘三郎さん」…週刊現代で告白