犬養襲撃聞いた内閣書記官長は悲しむどころか笑顔を見せた
![政友会臨時顧問会の決議で、静養中の犬養毅氏(右)を訪れ、総裁就任を懇請する森恪幹事長(当時=1929年10月8日、神奈川県湯河原町の天野屋別館=日本電報通信社撮影)](https://admin.nikkan-gendai.com/img/article/000/280/862/8b0c4f9e5f2ccd6ff337ed497c97b80a20201104130352284_262_262.jpg)
その一方で軍外では決行者たちへの共感、共鳴があった。また、一方で決行者への反発、怒り、それに不満が至るところで爆発した。
例えば丸の内警察署では、犯人が東京憲兵隊に逃げ込んだと知って署員20人が拳銃を片手に憲兵隊に乗り込み、構内に入っていった。ところが難波光造憲兵隊隊長…
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