球界のエースから虎の有望株まで 江夏豊氏が「投手」を斬る
キャンプで目についた阪神投手陣は…
江夏氏は今年のキャンプで阪神の臨時コーチとして選手を指導した。目についた投手をあげてもらうと、意外な名前が出てきた。
■筒井和也には「もっとブルペンで苦しめ」
阪神の臨時投手コーチは8日間のみでしたが、目に留まった投手がいた。まずは能見篤史君(35)。顔はクールだけど、心は全く違う。ある日、ブルペンで僕を意識してか、アウトコースに何度も投げた。ボールと投げた後のバランスがものすごく良かった。「いいバランスで放っているな」と言ったら、うれしそうな顔して、「僕にも投げられるんですよね」とニコッと笑った。その時の顔が最高に可愛くてね(笑い)。心から頑張ってくれと思いました。去年は9勝13敗。そのレベルの投手じゃないと思うし、そう思いたい。
キャンプでは先発の5、6番手になれる投手を探そうという気持ちで見ていたら、18人の投手の中で一番体が大きく、「フーテンの寅さん」じゃないけどアゴがデカいのがいる。筒井和也君(33)です。投手として理想の体形をしていて投げ方も悪くない。ただ、楽をすることが身に付いていた。
「俺は中継ぎで1イニングしか投げない」という感じで、ブルペンで15~20球しか真剣に投げない。彼を呼んで、2人で話し合いました。
「立派な体と顔があるんだから、もっといい球を放って、いい成績を残せるぞ。ここ何年かの数字で満足しているのか?」
こう問いかけると、「満足はしていません。結婚して嫁さんも子供もいるんで、もっといい生活をしたいです」と言う。
「もっとブルペンで苦しめ。ブルペンで楽をする投手にいい生活はできない。ブルペンは牛が戦う場所。戦場なんだ。1イニングしか投げないなんて誰が決めたんだ? おまえ自身が勝手にその道をたどっているんだ。もういっぺん、先発で2ケタ勝てる投手になりたいと思わないのか?」
それから彼は、多い時はブルペンで120球は真剣に投げ込んでました。自分で殻にこもるんじゃなく、意識革命をすることが大事なんです。阪神で20番というエース番号をもらっているんだから、このままで終わってしまったらつまらない。今、二軍でどういう気持ちでやっているか。苦しんでいると思うけど、二軍に眠らせておくのはもったいないと思っています。
■島本浩也は大野豊とダブる
昨オフに育成から支配下登録された島本浩也君(22)は、華奢な体ながらいいボールを放っていた。当初、一番最初に(二軍に)落とされるのは彼だろうと聞いていたから、僕がいる間だけは上で頑張って欲しいと思ってました。
彼を見ていて、ふとある投手が頭をよぎった。僕が広島に移籍した78年のキャンプで、面白い投げ方をする若手がいた。“草野球のあんちゃん”みたいでね。でも、5、6球に1球はいいボールがある。面白いヤツやなと思い、当時の古葉竹識監督やコーチに聞いたら「計算には入れてない」と。「じゃあ、俺が預かりますよ」ということで、手取り足取りで教えました。
それが、(13年に野球殿堂入りした元広島のエース)大野豊君(59)。同じ左投手で名前も同じ「豊」。彼も父親がいなくて、お母さんに楽をさせてやりたいという思いがあった。「2人で野球をやろう」と言って、フォームをバラバラにしてキャッチボールから入った。ボールはこう持って、グラブはこう持ってと。本人の努力があってこそだけど、素晴らしい投手になってくれました。
手を上げたこともあります。横浜と神宮だったかな。神宮では試合前、肩肘の調子が良くないのに黙って投げているから、ロッカーに呼んでカーンとやった。
「貴様、そんなフォームで投げてどうするんじゃ!」と。投げる姿、顔を見るだけでどこが悪いかわかる。その時は涙ポロポロ流してました。手を上げたことは古葉監督に報告し、大野のお母さんにも謝りの電話をかけました。
阪神の投手陣は予想していたよりも良かった。ファンの注目度は巨人が一番で、次は広島。そこに阪神が食い込んでもらいたい。カケ(掛布DC)の話を聞くと、ドラフト1位の横山雄哉(21=新日鉄住金鹿島)が面白いみたい。5月にでも見させてもらおうかと思っています。(おわり)