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春日良一五輪アナリスト

長野県出身。上智大学哲学科卒。1978年に日本体育協会に入る。89年に新生JOCに移り、IOC渉外担当に。90年長野五輪招致委員会に出向、招致活動に関わる。95年にJOCを退職。スポーツコンサルティング会社を設立し、代表に。98年から五輪批評「スポーツ思考」(メルマガ)を主筆。https://genkina-atelier.com/sp/

(3)プラダのロゴにIOCがNG…マリノ選手の五輪メダルを阻んだ“金科玉条”「ルール40」の実態

公開日: 更新日:

 ジュリア・マリノ(24)はビッグエア出場を諦めた。スノーボード米国代表として、北京冬季五輪女子スロープスタイルで銀メダルを獲得。その余勢を駆ってビッグエアに挑むつもりだった。それを阻んだのが「ルール40」だ。

 マリノ選手は高級ファッションブランド「プラダ」のスノーボードを使用していた。これが五輪開催期間中のマーケティングを規定する「ルール40」に反すると試合前夜に国際オリンピック委員会(IOC)から通告があったという。ロゴを隠すように勧められ、塗りつぶしたボードでトライしたが、うまく滑れず断念した。なぜか、スロープスタイルではヘルメットのロゴを消すだけでOKだった。

■五輪マーケティングの被害者

「ルール40」がトレンドワードのようにメディアや専門誌に躍るが、憲章をひもといてみれば、マーケティングに該当するのはオリンピック憲章第40条の付属細則3だけだ。「オリンピック競技大会に参加する競技者……はIOC理事会が定める原則に従い、自身の身体、名前、写真、あるいは競技パフォーマンスが宣伝の目的で大会期間中に使用されることを許可することができる」となっている。これではどうして「プラダ」のロゴがNGなのかは推して知る由もない。

 ルール40は2019年のIOC総会で改正された。それ以前は「IOC理事会が許可した場合を除き……宣伝目的で利用されることを許可してはならない」であった。「許可してはならない」という表現にアマチュアリズムの名残がある。1984年以降にスタートするオリンピックマーケティングは要するにオリンピックシンボル(「五輪」)を売りに出したわけだが、そもそも「五輪」は神聖不可侵で金銭的利益の対象とすべきではないという思想が生き残っていた。

1972年札幌冬季五輪の人身御供

 その時代、想起するのは72年札幌冬季五輪のカール・シュランツ選手だ。アルペン選手として彼はオーストリア代表とともに札幌に入ったが、アマチュアリズムの権化、時のIOCブランデージ会長の裁きで一人選手村を去っていった。

 スター選手だった彼にはスキーでの高収入があった。当時のオリンピック憲章では自らの競技で金銭的報酬を得ている選手はオリンピックへの参加資格が認められなかった。

 現実には多くのスキー選手は競技生活のために企業からの援助やスキー教室で稼ぐのが常識だったが、IOCはシュランツ選手を人身御供とした。当時33歳のシュランツ最後の夢「オリンピックでの金メダル」はついえた。

 シュランツ選手はアマチュアリズムによって裁かれたが、マリノ選手は正反対のコマーシャリズムによって出場を断念させられた。いずれもIOCの独善に見える。「ルール40!」と言えば、金科玉条に聞こえるが、その実態は空文だ。「IOC理事会が定める原則に従う」というだけである。

 ならばIOCがオリンピズムに基づいた判断をすべきだろう。それは選手に寄り添うアスリートファーストのはず。

 88年にシュランツ選手の参加資格は復権したが、マリノ選手が北京のビッグエアに描くはずだった「プラダ」の赤いラインは返ってこない。

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