「存在しない小説」いとうせいこう編
■虚構の迷宮にいざなう世界文学アンソロジー
存在しない小説を専門に訳す「仮蜜柑三吉」なる人物から編者のもとに送られてきた小説のアンソロジーという設定で書かれた本書は、フィラデルフィア、ペルー、クアラルンプール、東京、香港、クロアチアと、世界各地の声を拾った6編で構成された短編小説集。
フィラデルフィアからニューヨーク行きのアムトラック(鉄道)に乗り込んだ男の回想を描いた「背中から来て遠ざかる」、「存在しない小説」の行方をペルーの辺境の村で語る日本人の男の話「リマから八時間」、中国人街に迷い込んでしまったマレー人少女の物語「あたし」などの短編の直後に、編者解説がはさまれているのが特徴だ。4作目の「能楽堂まで」では編者が著者として登場し、5作目の「ゴールド」ではキーフ・リーなる新しい訳者が現れ、最終作「オン・ザ・ビーチ」では編者が訳者として登場する。
編者解説では、「存在しない小説」誕生の舞台裏が語られる。6つの短編を独立して楽しむこともできるが、著者も訳者も実は存在しないという虚構に満ちた「存在しない小説」全体をひとつの長編として謎解きしつつ読むのも面白い。